商大論叢56巻2号が岡山商科大学機関リポジトリにて公開されました

本学の紀要である商大論叢56巻2号が岡山商科大学機関リポジトリにて公開されました。

 

【法学部の研究紹介】刑事政策:どうしたら特殊詐欺を防げるか

法学部の白井諭先生に刑事政策の研究についてご寄稿いただきました。

**********************************************

 既に発生した犯罪を厳正に取り締まることは、社会の秩序を維持するために必要なことです。しかし、社会の人々が安心して過ごせるようにするためには、犯罪が起きないようにするための予防策を講じることが必要であるともいえます。

 犯罪を未然に防止する方策として、まず、社会の一人ひとりが犯罪に遭わないように気をつけるということが挙げられます。例えば、近年とくに問題となっている特殊詐欺(振り込め詐欺など)を防ぐための方策として、「だまされないようにする」ことが強調されているように見受けられます。しかし他方では、加害者の側は「自分は絶対に被害を受けない」と決めてかかっている被害者の側の心の隙間を突いて巧妙に金銭を巻き上げているという旨が指摘されています。とりわけ「特殊詐欺にだまされないようにしなければならない」という意識が地域社会のなかで徹底されている風潮の下では、「身のまわりでだまされないようにする必要性が強くいわれているにもかかわらず、だまされてしまった」ことに対して自分や他人を責めることになりはしないか、懸念されてなりません。

 私が担当する「刑事政策」の授業でも、特殊詐欺を防止する方策について「被害者が気を付けるしかない」とか「知らない番号の電話に出ない」「簡単にお金を振り込まない」といった被害者個人の意識のほか、家族や地域社会のつながり(「地域で協力し、高齢者の見守りを行う」「家族でのルールを作る」など)や銀行の窓口やATMなどでの水際対策(「銀行の窓口やATMなどでの対処の強化などを強める」など)の重要性が指摘されています。実際に、特殊詐欺をめぐっては、迷惑電話防止機能を有する機器の普及を促進すること、金融機関で一定期間以上にわたってATMでの振り込み実績がない高齢者のATM利用限度額を制限するなど、犯罪の実行やそれによる被害を事前に食い止められるような環境を整備することも行われています。特殊詐欺を防止する方策を検討するに当たっては、個人の意識に訴えるだけでなく、さまざまな方面から予防策を張りめぐらすことが重要であるといえるでしょう。

 法を学ぶことは、条文を覚えることだけにとどまりません。法のルールを通じて、社会の望ましい姿を思い描いていくことも法学の重要な目的のひとつです。社会に幅広く関心を持ち、「どのような社会に住みたいか」を考えることができるのであれば、法学は決して難しくありません。社会に幅広く貢献したいという希望を持った皆さんに会えることを心待ちにしています。

(法学部・白井 諭)

 

〈経済学部通信〉第6回 関西応用経済学研究会

第6回 関西応用経済学研究会が、12月11日(土)に岡山商科大学にて開催されました。

コロナ禍の中、久々の対面での研究会開催となります。当日は5本の研究報告が行われました。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

1. The impact of COVID-19 stay- at-home orders on waste management

報告者: 石村雄一(近畿大学)

 

2. Developing an Indicator of Sustainable Plastic Use in Manufacturing Sector

報告者: 熊丸博隆(神戸大学)

 

3. 特許の価値と権利の移転

報告者: 佐々木昭洋(岡山商科大学)

 

4. Labor market volatility and queueing theory

報告者: 松榮豊貴(広島経済大学)

 

5. パシネッティ・モデルを用いたリカード課税論分析

報告者: 若松直幸(中央大学)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

当日は予定時間を超え、議論が白熱し、大変有意義な研究会となりました。コロナ禍の中、感染症対策に気を使いながらお集まりいただきました報告者や出席者の先生方には大変感謝申し上げたいと思います。今後も日常的にこのような活発ある研究会が開催できればと思います。

(経済学部 井尻裕之)

学術講演会「子どもの貧困と人的資本政策」を開催します

岡山商科大学学会 学術講演会開催

演題:「子どもの貧困と人的資本政策」

講師:佐野晋平 神戸大学大学院経済研究科准教授

日時:2021年12月14日(火)4限(15:00~16:30)

場所:オンライン(ZOOM)+地域交流談話室(岡山商科大学学生会館2F)

 12月14日(火)に岡山商科大学学会主催の学術講演会を開催いたします。毎年各学科が持ち回りで企画しておりますが、今年度は経済学科が担当します。日本でも問題となっている子供の貧困について、統計によって問題がどのように把握できるか、また、貧困問題解決に向けて経済学ではどのような議論がなされているか紹介します。最後に、児童手当を例に、政策の効果を検証した研究を紹介します。

詳しくは以下のチラシをご覧ください。

・主会場として地域交流談話室を設けておりますが、コロナ禍の中、3密を避けるため、ZOOMを用いたオンラインでもご参加いただけます。

・個人で参加ご希望の方は、チラシ右下のQRコードからお申し込みください。

・ゼミ単位、授業単位で参加する場合には、ゼミ担当者または授業担当者が申し込みますので、学生個人の申し込みは不要です。

・ご不明の点がございましたら、岡山商科大学産学官連携センターへお問い合わせください。

税理士特設講座2021年度受講生の声

こんにちは。

法学部で税法を担当している坂巻です。

本日は、税理士特設講座の受講生からお寄せいただいた感想を紹介いたします。

この講座は、税理士としてご活躍の方々を対象として、この春にスタートしました。

2021年度は、税理士の方8名と大学院生6名で、税法の裁判例を研究しました。 

−−−−−受講生の声−−−−−−−−−−−−−

5月8日から7月17日にかけて土曜日に全5回、岡山商科大学大学院の「税理士特設講座」に参加させていただきました。坂巻綾望准教授のもと、大学院生の皆様と、税理士の皆様が、20代から70代まで机を並べて受講しました。

本講座では、「租税法の解釈」をテーマに、合計13の判例を読み解くというものでした。初回の授業で、受講者ひとりにつき一つ、調べて発表をする判例を選ぶこととなりました。本格的なゼミの様相に、私は恐れおののいておりました。

しかしながら、坂巻先生に「お一人お一人の興味関心に沿って、どんな発表をして頂いても大丈夫ですよ」と背中を押していただき、慣れない判例を読み、なんとか発表させていただきました。それを受けて、税理士の先生方、院生の皆様が、より深い議論をされていたのが印象的でした。

初回は教室講義でしたが、新型コロナの影響による大学の閉鎖もあり、第2回、第3回はZOOMを利用した完全オンライン講義、第4回、第5回は教室とオンラインのハイブリッドで開催されました。現代の学生はこのような学習環境なのかと感じ入りました。

参加された皆様の発表は、どれも気合の入った唸らされる内容でした。発表を受けての議論も、理論と実務の両面からのアプローチで白熱していました。私も皆様のような学識と経験を積まねば、との思いを抱きました。

岡山商科大学での講座は、数年来の悲願とお聞きしました。県内での開講は貴重で、大変ありがたかったです。来年も参加し、継続的に学んでいきたいです。

−−−−−−−−−

平日は税理士として活躍されながら、土曜日はさらに専門知識を深めようという姿勢から、私も刺激をうけました。実務家の方々に新しい裁判例をご紹介できますよう、これからも研究を続けて参ります。

 

(法学部 坂巻)

 

〈経済学部通信〉役に立たない(多分)経済学者案内~こぼれ話~

今回は山下先生にご寄稿頂きました。

=====================================

(自然)科学者の伝記を読んだり、エピソードを聞いたりしたことはあるでしょう。たとえば、アイザック・ニュートンやアルベルト・アインシュタイン、そして、日本人なら湯川秀樹。この人たちの学問上の業績はよく知らなくても、この人たちにあこがれて科学者を目指す人がいます。また、学生や研究者ならば、こういった先達のエピソードや人となりを知り、「なぜこんな考え方がでてきたのだろう」という疑問に答えを得ることがあります。実は、経済学でも同じことがあるのです。そこで、今回は経済学にとってのニュートンと呼んでもよいアダム・スミスの人となりやエピソードを紹介していきます。学説史的なことは専門外ですのであまり述べません。もし、アダム・スミスという人に興味をもち、親しみを感じたら、彼の著書(文庫本であります)や研究書を読んでみてください。

【アダム・スミス】1723-1790、スコットランド生まれ

アダム・スミスの名前を知らない人はいないでしょう。彼は「経済学の父」と呼ばれています。代表的な著作は、「見えざる手」という言葉が有名な「国富論」(1776)、正式な名前はもうすこし長く「諸国民の富の本質と原因についての考察」と言います。現在に至るすべての経済学者と経済学部生はアダム・スミスの弟子と言ってもよいでしょう。

さて、この偉大なるアダム・スミスは、内向的で、さらに子どものころから放心癖(ぼ~っとする癖)がありました。実は、スミスは3歳か4歳のときに誘拐に遭っています。おそらく、ぼーっとしていたところをさらわれたのでしょう。さらっていったのは放浪していたスリの一味でした。早速、スリは幼いスミスを使って「仕事」を始めたのですが全然役に立ちません。何せ、スミスは人見知りです。記録ではスミスはすぐに親元に連れ戻されたとありますが、実際は送り返されたのでしょう。(多分、元いたところに戻された。)しかし、このまま、スミスが帰らなかったら現在のような経済学は存在しなかったでしょう。放心癖のほうは生涯続いたそうで、あるときは書類に署名するとき前に書いた人の名前をそのまま書き写す、役人をしていたときは目の前で守衛の兵隊が捧げ銃(ささげつつ)をしたとき、自分も持っていたステッキで反射的に同じ姿勢をとる、議論に集中していてお茶を入れるはずのポットに茶葉の代わりにバター付きのパンを入れお湯を注ぎ飲んでから気づく(まずかったそうです。)、国富論の執筆中にはガウンを羽織ったまま25km近く散歩したということが記録されています。

さて、スミスは14歳でスコットランドのグラスゴー大学に入学し、道徳哲学を学びます。卒業後、17歳で当時の出世コースの王道として英国国教会の聖職者になるべくイングランドのオックスフォード大学に進学しますが、当時のオックスフォードの教師連のやる気のなさ(岡山商大とは大違いです。)にがっかりして23歳で中退します。オックスフォードの教師の様子はスミスにとってはショックだったようで、中退から30年後に著した「国富論」に「オックスフォードの教師は教えるふりすらしない」と記しています。その後、スコットランドに戻り、エディンバラ大学を経てグラスゴー大学に戻り道徳哲学教授に就任します。退職後はフランスに渡ったりもしますが、スコットランドに戻り、エディンバラで生涯を終えます。そして、死の直前には未発表の原稿は全部燃やすように命じました。(しかし、一部は残り現在出版されています。)

スミスの代表的な著作には前述した「国富論」より前に書かれた(正確には講義録)「道徳感情論」(1759)があります。タイトルからもわかるように人の感情に注目し、利己心、共感、道徳性の形成など内面を深く掘り下げています。ここに彼の内向的な性格がよい具合に生きています。これは17年後に著された「国富論」にも生かされています。「国富論」を読んでいくと気づくのですが、まるでスケッチでもしているように当時の社会を言葉で描写しています。このまま映像化できそうなほどです。ただ、表面的な描写にとどまらず、社会組織(市場や国家)や経済活動(分業など)、経済現象(独占価格の決定など)の背後にある人の心理(特に感情)についての洞察がその都度記されています。そして、それらの記述から「各人が各様に自分の利益を追求する経済的自由をもつ社会が良い」というスミスの信念(あるいは強力な主観)が見えてきます。ただし、スミスは富裕層や権力者といった特権階級のみが好き勝手に振る舞い利益を得ることを擁護しているのではありません。あらゆる層の国民の繁栄を犠牲にして強者のみが反映することについては、重商主義批判のなかで批判しています。「重商主義の諸規制においては、・・・製造業者(注)特定の生産者といったような意味)の利益はきわめて格別の注意を払われてきた。そして、消費者の利益というよりは、・・・製造業者の利益の犠牲にされてきたのである」(「国富論」第4編第8章「重商主義についての結論」より)とあります。また、スミスは当時の英国の植民地支配にも批判的でした。「国富論」に出版年を思い出してください。1776年。奇しくも英国に対して、当時植民地であったアメリカが独立宣言を発した年でありました。

 

さて、普段私は経済理論を講義し、また、研究しています。現在の理論は、多くの場合、新古典派経済学のガチガチの仮定のもとで高度に抽象化されています。確かに議論を進めるためには仮定や抽象化は必要です。ジョーン・ロビンソン(1903-1983、英国の女性経済学者)が言ったように「縮尺1分の1の地図は役立たない」のです。(地図は高度に抽象化されていますね。)

 とは言え、そんな中にずっといると経済学が「日常生活を営んでいる人間についての研究」(アルフレッド・マーシャル(1842-1924、英国の経済学者))であることを忘れ、ただの計算屋になったような錯覚に陥ります。そのような状態から抜け出すために、(専門分野ではない)経済学説史や経済学者の伝記(に近いもの)に目を向けるようにしています。そうすることで「経済学の豊かさ」を確認できるのです。

(経済学部 山下賢二)

〈経済学部通信〉情けは人のためならず:ワクチンとクジラの話

今回は三谷先生にご寄稿頂きました。

=====================================

日本には「情けは人のためならず」ということわざがある。しかし、多くの人が(A)「人に情けを掛けて助けてやることは,結局はその人のためにならない」という誤った解釈をしている。正しくは、(B)「人に情けを掛けておくと,巡り巡って結局は自分のためになる」という意味である。文化庁の2010年度の「国語に関する世論調査」によると、(A)のような誤った解釈をしている人の割合と(B)のような正しい解釈をしている人の割合がほぼ同じである。しかし、年齢別にみると高齢層では(B)のような正しい解釈をしている人の割合の方が高いのに対し、20代、30代の若年層では(A)のような誤った解釈をする人の割合が正しい解釈をする人の割合の倍近くに上っている[i]。

このことわざは経済学的には利他的動機や所得再分配政策の意義などを考える上でも大変興味深いが、「情けをかけることが巡り巡って結局は自分のためになる」という投資的側面も示唆している。以下では、主に投資的側面に着目して、最近目にした2つの記事について考察してみたい。

(1)ワクチンの話

コロナ禍のG7が終わった。アメリカのトランプ前大統領が参加した昨年までとは打って変わってG7の協調姿勢が戻った感がある。中でも新型コロナ感染症対策として発展途上国に対する10億回分のワクチンの供与が発表されたことが注目される。人道的な見地からは当然のことであるが、経済学的に見ても非常に賢明な投資であるといえる。

IMFの試算によれば、来年4月までに全世界の人口の約70%にワクチン接種を行うのに500億ドルの費用がかかる。しかし、それが達成されれば多くの命が助かるということに加えて、2025年までの全世界の累積経済便益は9兆ドルに上ると予想される。投資としてみれば4年間の収益率はなんと17,900%にも上る。発展途上国へのワクチン供与が全世界の接種率を高め、新型コロナ感染症に対する集団免疫が形成され、世界経済が回復・発展し、巡り巡ってその恩恵がワクチンを供与した国々にも及んでくる。しかも信じられないほど高い収益率で。情けは人のためならず。誰がこんなうまい話(‟世紀の投資機会”)を逃すであろうか、と英『エコノミスト』誌の記事は書いている[ii]。

(2)クジラの話

新聞に掲載されたある投信株式会社の広告である[iii]。少し長いがその一部を引用しよう。

「…1万ドルで売れるシロナガスクジラが世界に7万5000頭いるとして、自然の摂理を踏まえ、種が持続できる年2000頭を捕獲し続けるとする。毎年2000万ドルが手に入り、将来にわたって漁ができることになる。一方、一気に全頭捕獲し7億5000万ドルを手にし、それを年率5%で運用できれば毎年3750万ドル手に入れられる。種の保存を考えず、金融で儲けた方が得をすることになる[iv]。

人類はクジラの将来について考える余裕ができた。…(中略)…

ところが人はいざ「投資、儲け、利益」となると倫理観は吹き飛んでしまう。「今だけ、金だけ、自分だけ」になってしまう。世界全体の成長率が3%程度。投資になると1、2年で倍にしなければならないと思っている。…」

今度の「情け」の対象は「人」ではなくて「クジラ」あるいは「種の保存・多様性」、「自然環境」である。シロナガスクジラのように絶滅の危機に瀕している種を保存することは、漁業資源としてだけでなく、種の多様性を維持し、自然環境の破壊を防いで、巡り巡って将来にわたって人類に恩恵を与えるはずである。その意味ではことわざがいうようにまさに人類へリターンが戻ってくる投資である。しかし、収益率が低いために種の保存という選択肢が選ばれない。どこに問題があるのであろうか。ESG投資のように自然環境保護を重視する投資機会(金融)がまだ十分に発達していないからだろうか。あるいはそもそも人間の本性として投資となると強欲で近視眼的な行動をとるからであろうか。

 

[i] 文化庁「「情けは人のためならず」の意味」『文化庁月報』2012年3月号(No.522)

[ii] The Economist, “The West is passing up the opportunity of the century,” Jun. 12 2021 edition.

[iii] さわかみ投信株式会社広告「「今だけ、金だけ、自分だけ」が本望か!」日本経済新聞2021年6月1日朝刊

[iv] 原典はColin W. Clark (2006), The Worldwide Crisis in Fisheries: Economic Models and Human Behavior, Cambridge University Press.

(経済学部 三谷)

〈経済学部通信〉デジタル通貨発行で現金は消えるのか

 CDの全盛期に、レコードはCDの普及により市場から消えるという意見があった。今日、インターネットを媒体としたストーリミングがCDを市場から淘汰させている中で、レコードの需要は増加している。このように音楽の記録媒体は、レコード、テープ、CDそしてインターネットの流れの中で、中間的媒体物は排除され、両端だけが利用される傾向にあります。

 「デジタル通貨の発行で現金は消えるのか」というレコードと類似した問題が生じます。私は、このキャッシュレス化を象徴する出来事を中国で目にしました。

 1つ目は上海国際空港での光景です。浦東国際空港から虹橋国際空港に移動するバスの中で、バス代が5元不足している女性が、見ず知らずの女性の乗客と何やら話をし、相手のスマホのQRコードを読み取りWechatペイを用いて5元の振込を提示し、相手から5元を入手することができました。

 2つ目は、世話をしてくれた本学に短期留学していた学生が予約してくれたタクシーでホテルまで乗り、領収書だけを受け取ってタクシーを降りました。同行した職員によると、タクシー代金の支払いは予約した学生によって既に支払われているので、後日、Wechatでタクシー代金を支払いますとのことです。

 3つ目は、中国の大学の先生と中華調理店に入ると、料理の品物は既にスマホで予約され、支払いもスマホで行われ、私たちは行って食べて帰るだけでした。

 さて、通貨は、中央銀行が発行する現金と銀行が発行する預金通貨(デジタル通貨)で構成されています。現在、利用されている○○ペイは、預金通貨をベースとして発行される非銀行部門の預金通貨と看做すことができます。インターネット社会の下では、より便利で効率的な決済手段として非銀行部門が創造する預金通貨の部分が大きくなってきています。

 通貨は決済手段であり、価値貯蔵手段として利用されますが、価値の安定が不可欠です。価値の安定を維持・達成するのは中央銀行の役割です。この意味で、中央銀行の発行する通貨は、経済にとって不可欠な存在であるといえます。

 以上のことから、通貨もレコードと同じく、新しい決済手段が利用されたとしても、中央銀行が発行する通貨は依然として存続するということが予想されます。

(経済学部 田中勝次)

〈経済学部通信〉大学院進学に向けた講義

ゴールデンウィークも終わり、大学での講義も再び本格化しつつあります。

 

私が受け持つ特別演習という講義では、大学院進学を目指す学生を対象として院試対策を行なっております。

 

日本において、経済学は文系として位置づけられる分野ですが、現実で生じる経済現象について理解を深める際には、数学を用いることが多々あります。

 

大学院入試でも筆記試験では、数学を必要とする問が多く出題されます。

 

特別演習の講義資料では、細かく数式展開を書き入れるなど、学生が数学に対して苦手意識を持たないように工夫することを心がけております。

 

 

新型コロナウイルスの影響で新しい生活様式が求められる中、大学の講義についても新たな様式へと変換が求められております。

 

まだまだ試行錯誤を繰り返しながらではありますが、受講生が希望とする進学先へと合格できるようサポート出来ればと考えております。

(経済学部 星野)