〈経済学部通信〉情けは人のためならず:ワクチンとクジラの話

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今回は三谷先生にご寄稿頂きました。

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日本には「情けは人のためならず」ということわざがある。しかし、多くの人が(A)「人に情けを掛けて助けてやることは,結局はその人のためにならない」という誤った解釈をしている。正しくは、(B)「人に情けを掛けておくと,巡り巡って結局は自分のためになる」という意味である。文化庁の2010年度の「国語に関する世論調査」によると、(A)のような誤った解釈をしている人の割合と(B)のような正しい解釈をしている人の割合がほぼ同じである。しかし、年齢別にみると高齢層では(B)のような正しい解釈をしている人の割合の方が高いのに対し、20代、30代の若年層では(A)のような誤った解釈をする人の割合が正しい解釈をする人の割合の倍近くに上っている[i]

このことわざは経済学的には利他的動機や所得再分配政策の意義などを考える上でも大変興味深いが、「情けをかけることが巡り巡って結局は自分のためになる」という投資的側面も示唆している。以下では、主に投資的側面に着目して、最近目にした2つの記事について考察してみたい。

(1)ワクチンの話

コロナ禍のG7が終わった。アメリカのトランプ前大統領が参加した昨年までとは打って変わってG7の協調姿勢が戻った感がある。中でも新型コロナ感染症対策として発展途上国に対する10億回分のワクチンの供与が発表されたことが注目される。人道的な見地からは当然のことであるが、経済学的に見ても非常に賢明な投資であるといえる。

IMFの試算によれば、来年4月までに全世界の人口の約70%にワクチン接種を行うのに500億ドルの費用がかかる。しかし、それが達成されれば多くの命が助かるということに加えて、2025年までの全世界の累積経済便益は9兆ドルに上ると予想される。投資としてみれば4年間の収益率はなんと17,900%にも上る。発展途上国へのワクチン供与が全世界の接種率を高め、新型コロナ感染症に対する集団免疫が形成され、世界経済が回復・発展し、巡り巡ってその恩恵がワクチンを供与した国々にも及んでくる。しかも信じられないほど高い収益率で。情けは人のためならず。誰がこんなうまい話(‟世紀の投資機会”)を逃すであろうか、と英『エコノミスト』誌の記事は書いている[ii]

(2)クジラの話

新聞に掲載されたある投信株式会社の広告である[iii]。少し長いがその一部を引用しよう。

「…1万ドルで売れるシロナガスクジラが世界に7万5000頭いるとして、自然の摂理を踏まえ、種が持続できる年2000頭を捕獲し続けるとする。毎年2000万ドルが手に入り、将来にわたって漁ができることになる。一方、一気に全頭捕獲し7億5000万ドルを手にし、それを年率5%で運用できれば毎年3750万ドル手に入れられる。種の保存を考えず、金融で儲けた方が得をすることになる[iv]

人類はクジラの将来について考える余裕ができた。…(中略)…

ところが人はいざ「投資、儲け、利益」となると倫理観は吹き飛んでしまう。「今だけ、金だけ、自分だけ」になってしまう。世界全体の成長率が3%程度。投資になると1、2年で倍にしなければならないと思っている。…」

今度の「情け」の対象は「人」ではなくて「クジラ」あるいは「種の保存・多様性」、「自然環境」である。シロナガスクジラのように絶滅の危機に瀕している種を保存することは、漁業資源としてだけでなく、種の多様性を維持し、自然環境の破壊を防いで、巡り巡って将来にわたって人類に恩恵を与えるはずである。その意味ではことわざがいうようにまさに人類へリターンが戻ってくる投資である。しかし、収益率が低いために種の保存という選択肢が選ばれない。どこに問題があるのであろうか。ESG投資のように自然環境保護を重視する投資機会(金融)がまだ十分に発達していないからだろうか。あるいはそもそも人間の本性として投資となると強欲で近視眼的な行動をとるからであろうか。

 

[i] 文化庁「「情けは人のためならず」の意味」『文化庁月報』2012年3月号(No.522)

[ii] The Economist, “The West is passing up the opportunity of the century,” Jun. 12 2021 edition.

[iii] さわかみ投信株式会社広告「「今だけ、金だけ、自分だけ」が本望か!」日本経済新聞2021年6月1日朝刊

[iv] 原典はColin W. Clark (2006), The Worldwide Crisis in Fisheries: Economic Models and Human Behavior, Cambridge University Press.

(経済学部 三谷)

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