【教職フィールドスタディ】岡山県警察本部新庁舎訪問

前回の投稿に引き続き,教職課程で実施されたフィールドスタディの様子を紹介します。

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令和3年8月6日,岡山県警察本部新庁舎にて,「将来高校の教壇に立ったとのことを想定し,警察の業務,社会的責任,組織,仕組みや役割を知ると同時に,自分の生き方を考える。」ことを目的としてフィールドスタディを実施しました。

以下,参加した学生の声を紹介します。

・イメージとして警察の方が働いているようには思えないほどおしゃれな内装でした。訪問の中で印象に残ったのは,見学途中に緊急の事件が発生し通信指令室の見学が出来なくなったことです。いつ発生するかわからない事件に対して即座に対応し,そのような忙しい中でも我々への対応も丁寧にしてくださいました。そこで警察の仕事は本当に何が起こるかわからないものだなと実感し,毎日緊張感をもって働くのはとても大変そうだなと思いました。しかしその分やりがいのとても多い仕事という点で,教員と共通する部分もあるなと考えました。誰かのために責任を背負い,緊張感をもって,自身の仕事に誇りを持つことが出来る数少ない仕事だなと再認識し,より教員になりたい気持ちが強くなりました。(4年大島)

・私は,今回の新庁舎見学で警察官の並々ならぬ努力と覚悟が。住民の安心・安全を守っているのだと感じました。同時に,教師という職業にも同じようなことが言えると思いました。私は,学校教員も努力と覚悟がいる職業だと思います。そのため,警察の仕事からは学ぶべきことがたくさんあると感じました。(4年上杉)

・警察というとTVドラマでよく見る犯罪事件の捜査や警察学校のイメージが強かったのですが,見学を通して,通信指令課やサイバー犯罪対策課等数多くの組織があることを知りました。また,広報展示スペースの見学では,機動隊が着用している出動服や警察官の制服を着させてもらいました。出動服は想像以上に堅く重さがあり,着こなしている機動隊の方の力強さを感じました。命を懸けて国を守って下さっている方々に感謝の気持ちを忘れず,自分が取り組める交通安全などに努めたいと思いました。(4年岡本)

「さすまた」や「警棒」を実際に持たせてもらいました

交通管制センターの様子

 

(担当教員 経営学部商学科・吉田信)

【教職フィールドスタディ】岡山県高等学校商業教育研究大会への参加

教職課程で実施されたフィールドスタディの様子を紹介していますが,前回の投稿に引き続き,第2弾の様子を紹介します。

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令和3年8月5日,岡山県下の公立・私立高等学校に在籍する商業科の現職教員150人ほどが参加する研究会が開催されました。最新の教育情勢や教育課題を勉強させていただくことを目的に,本学の2~4年生30名が参加しました。

当日は,ZOOMによるオンラインと,「ピュアリティまきび」をキーステーションとした対面を併用するハイブリッド型で実施されました。

今回も,参加した学生の声を紹介します。

・授業に一人一台の端末を導入することについて,ITが進むにつれて何が大切になってくるか,商業高校及び普通科ビジネス系等の学校は今後何に重点を置いて教育していくべきか,新型コロナウイルスが流行している中での接客がどう変化しているかなど様々なことについて学び、考えるきっかけとなった。(2年中村)

・母校の先生やお世話になった先生方がたくさん参加していたことに驚きました。商業科を発展させるために学ぶ先生方の姿を見て,私自身も未来を担う子供たちを育成するために,「時代の流れに沿った教育とは何か,何が必要になってくるのか等」先生の立場になって考えなければならないと感じました。(4年岡本)

・研究大会に参加して,より教員になりたいなと強く思った。生徒を成長させるために教員一人一人が自身のスキルを磨こう,見直そうなど,向上心を持つ150人を超える先生方が参加していて感動した。この中に自分も混ざりたい,やりがいを感じながら仕事をしてみたいと思いました。(4年大島)

・これまでの情報科と商業科の教員免許取得に向けた学習を生かすだけでなく, GIGAスクール構想に対応した情報科と商業科の連携が取れる学習について考えるという新しい目標を持つことができた。(2年矢吹)

「ピュアリティまきび」での研究会の様子

 

(担当教員 経営学部商学科・吉田信)

【教職フィールドスタディ】裁判所の見学と裁判傍聴

新型コロナウイルスの影響により,学外での活動が十分に行われない中,教職課程で8月初めに実施されたフィールドスタディの様子を紹介します。

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令和3年8月5日,岡山地方裁判所において,「将来高校の教壇に立った時のことを想定し,司法である裁判所の仕組みや役割を知ると同時に,世間や社会,世の中を知り自分の生き方を考える」ことを目的とするフィールドスタディを実施しました。

以下,参加した学生の声を紹介します。

・私は改めて裁判手続きや裁判の流れの「公平性」を知ることができました。この「公正性」は私たちの権利と自由を守るものであり,高校教員になる上でも大切な能力だと思います。私は,将来どんなときでも生徒を公平な目で見られるような教員になりたいと思いました。(4年上杉)

・裁判員裁判で,自分がもしかしたら選ばれるかもしれないと思うと怖さと不安を感じました。(4年矢部)

・裁判所に入ったことがなく初めての体験でどんな所かもわからなかったため少し怖かった。今日は無免許運転した人の裁判を傍聴させていただき考えさせられるものがありました。(3年國澤)

・裁判官の席と教壇が重なって見えました。また,ともに立場や関係が違っても,人と真摯に向き合う姿勢は同じだと感じました。(4年村井)

・学生も生徒も,こういった裁判を傍聴することで,身近な犯罪に対する自己啓発や注意喚起にも繋がる一面もあると思いました。(4年大島)

(担当教員 経営学部商学科・吉田信)

【商学科フィールドスタディ】岡山市内を街歩きしました

  商学科の大石ゼミ(2年生)では,毎年,岡山市中心部を歩き,地理学的な視点から岡山市の都市構造を探る”街歩き”をしています。

今年は7月31日に実施。熱中症が懸念されることから,通常よりも距離を短くして実施しました。

ルートは,岡山駅を出発して路面電車で柳川交差点へ。そこから天満屋,岡山県立図書館を経由して後楽園へと向かいました。

岡山市は岡山城の城下町を中心に発達した都市。今回は,城下町の外側から内側へと進んでいきます。

ここは城下町の外縁部にあたる寺町。城下町を守る砦としての役割も果たしていました。現在もいくつかの寺院を確認することができます。

続いては天満屋,表町商店街付近。表町商店街は江戸時代の商人町を起源としています。効率よく商売を行うために店と店の間隔や道幅が狭くなっており,これが現在の車社会には不向きであることから,地方商店街衰退の一因ともなっています。

中国銀行本店や日本銀行のあるあたりからは,岡山城に仕えていた武士の住む武家屋敷。武家屋敷の敷地は広いため,銀行や官庁などの大型施設が立地します。

県立図書館や県庁のあるあたりは,岡山城の二の丸付近。つまりここは岡山城の中なのです。

現在,岡山城は改修中のため迂回。直接後楽園に向かいます。

そして目的地である後楽園に到着。後楽園は背後にある操山を”借景”としていることが特徴で,後楽園から操山の間は高い建物を建てることが規制されています(写真は反対側ですが…)。

最後は後楽園内の茶屋でかき氷をいただきました。暑い中でしたがお疲れさまでした。

(※前半3つの写真は,実習とは別日に撮影したものを掲出しています。)

 

商学科では学生がビジネスや観光の現場で実践する「フィールドスタディ」を授業の一環として実施しています。この夏にもいくつかの実習が予定されていましたが,新型コロナウイルスの影響で延期となりました。今後,実習の様子については,このブログでお伝えする予定です。

〈経済学部通信〉大きな声と滑舌

今回は宮島先生にご寄稿頂きました。

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  皆さんは次の詩を聞いたことがありますか。

 

あめんぼ あかいな アイウエオ

うきもに こえびも およいでる

かきのき くりのき カキクケコ

きつつき こつこつ かれけやき

ささげに すをかけ サシスセソ。

そのうお あさせで さしました

たちましょ らっぱで タチツテト

トテトテ タッタと とびたった

なめくじ のろのろ ナニヌネノ

なんどに ぬめって なにねばる

はとぽっぽ ほろほろ ハヒフヘホ。

ひなたの おへやにゃ ふえをふく。

まいまい ねじまき マミムメモ

うめのみ おちても みもしまい。

やきぐり ゆでぐり ヤイユエヨ

やまだに ひのつく よいのいえ

らいちょうは さむかろ ラリルレロ

れんげが さいたら るりのとり

わいわい わっしょい ワイウエヲ

うえきや いどがえ おまつりだ

 

 これは北原白秋の詩です。NHKや民放のアナウンサーや舞台役者、企業の新人研修などで定番になっている発声練習の詩ですね。友達と話すときや家族と話すときは普通に会話ができるが、人前で発表などをするときは声が小さくなってしまう人がなんと多いことか。

ゼミでは大きい声をお腹から出すよう求めているが、その意味をなかなか理解できない学生がいます。プレゼンテーションの構成やストーリーの磨き方を書いた本は多いが、声の出し方山の取り方などを書いた本は意外と少ないことに驚く。私の英語の講義では、少々の文法ミスよりも声の大きい学生のスピーチには加点するが、声の小さい学生は減点するようにしている。この北原白秋の詩を使って力強く言葉を出し、滑舌よく文章を読める練習をしして、相手に確実に伝え、美しい声で話す力を持たせたい。

 どんなに素晴らしい内容のプレゼンテーションでも、それを伝える声が良くないと、相手には評価されないでしょう。上の写真は高校生がお芝居を演じているところですが演劇部員は日頃の発声練習のおかげか、お芝居以外の発表の場でも大いにその力を発揮します。カナダやオーストラリアでは高等教育に演劇が表現力やコミュニケーション能力を身に着けさせるのを目的に一つの教科として存在しているが、日本にはまだ認められて異なことが日本人のプレゼン能力が低いと言われる原因の一つかもしれません。

 

複式呼吸

 相手に届く声を出すには複式呼吸ができないとだめです。正しい姿勢で9秒ぐらい細く長くお腹がへこむように吐き出します。息が全部出たら、お腹の力を抜きます。そうすると空気がおのずと入ってくるので、お腹がふくらむように数秒息を吸います。要するにお腹から声を出す練習をするといいです。相手にはっきりとした声を届ければプレゼンは楽に進みます。この複式呼吸をしながら声を出す練習をすると言葉が力強くなり相手は気持ちよく聞き取ることが出来ます。複式呼吸のやり方はインターネットにたくさん出ているのでそれを参考に練習をしてみてください。

 

早口言葉

 早口言葉でもっとも有名なのはういろううりです。

せっしゃおやかたともうすは、 おたちあいのうちに、

ごぞんじのかたも ござりましょうが、

おえどをたって にじゅうりかみがた、

そうしゅうおだわら いっしきまちを おすぎなされて、

あおものちょうを のぼりへ おいでなさるれば、

らんかんばし とらやとうえもん

ただいまは ていはついたして、えんさいとなのりまする。

がんちょうより、おおつごもりまで、おてにいれまする このくすりは・・・・

このういろううりを毎日練習しているとかなり滑舌がよくなります。最初はなかなかうまく読めないでしょうが、何回も練習するとスラスラと声がでるようになり、他の文章を読むのも案外簡単に読めるようになってきます。是非試してみてください。このういろううりもインターネットで見ることができますから。今日から始めましょう。また、次の早口言葉を三回連続して言えるようチャレンジしてみてください。

  第五交響曲観客驚愕(3回)

  中小商工業振興会議(3回)

  隣の客はよく柿食う客だ。(3回)

  青巻紙黄巻紙赤巻紙(3回)

  バスガス爆発(3回)

 今から練習しておいて、滑舌よく就職試験の面接やプレゼンテーションに臨んでください。あなたもアナウンサーや役者のように美しい声が出てきますよ。

(経済学部 宮島)

 

〈経済学部通信〉役に立たない(多分)経済学者案内~こぼれ話~

今回は山下先生にご寄稿頂きました。

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(自然)科学者の伝記を読んだり、エピソードを聞いたりしたことはあるでしょう。たとえば、アイザック・ニュートンやアルベルト・アインシュタイン、そして、日本人なら湯川秀樹。この人たちの学問上の業績はよく知らなくても、この人たちにあこがれて科学者を目指す人がいます。また、学生や研究者ならば、こういった先達のエピソードや人となりを知り、「なぜこんな考え方がでてきたのだろう」という疑問に答えを得ることがあります。実は、経済学でも同じことがあるのです。そこで、今回は経済学にとってのニュートンと呼んでもよいアダム・スミスの人となりやエピソードを紹介していきます。学説史的なことは専門外ですのであまり述べません。もし、アダム・スミスという人に興味をもち、親しみを感じたら、彼の著書(文庫本であります)や研究書を読んでみてください。

【アダム・スミス】1723-1790、スコットランド生まれ

アダム・スミスの名前を知らない人はいないでしょう。彼は「経済学の父」と呼ばれています。代表的な著作は、「見えざる手」という言葉が有名な「国富論」(1776)、正式な名前はもうすこし長く「諸国民の富の本質と原因についての考察」と言います。現在に至るすべての経済学者と経済学部生はアダム・スミスの弟子と言ってもよいでしょう。

さて、この偉大なるアダム・スミスは、内向的で、さらに子どものころから放心癖(ぼ~っとする癖)がありました。実は、スミスは3歳か4歳のときに誘拐に遭っています。おそらく、ぼーっとしていたところをさらわれたのでしょう。さらっていったのは放浪していたスリの一味でした。早速、スリは幼いスミスを使って「仕事」を始めたのですが全然役に立ちません。何せ、スミスは人見知りです。記録ではスミスはすぐに親元に連れ戻されたとありますが、実際は送り返されたのでしょう。(多分、元いたところに戻された。)しかし、このまま、スミスが帰らなかったら現在のような経済学は存在しなかったでしょう。放心癖のほうは生涯続いたそうで、あるときは書類に署名するとき前に書いた人の名前をそのまま書き写す、役人をしていたときは目の前で守衛の兵隊が捧げ銃(ささげつつ)をしたとき、自分も持っていたステッキで反射的に同じ姿勢をとる、議論に集中していてお茶を入れるはずのポットに茶葉の代わりにバター付きのパンを入れお湯を注ぎ飲んでから気づく(まずかったそうです。)、国富論の執筆中にはガウンを羽織ったまま25km近く散歩したということが記録されています。

さて、スミスは14歳でスコットランドのグラスゴー大学に入学し、道徳哲学を学びます。卒業後、17歳で当時の出世コースの王道として英国国教会の聖職者になるべくイングランドのオックスフォード大学に進学しますが、当時のオックスフォードの教師連のやる気のなさ(岡山商大とは大違いです。)にがっかりして23歳で中退します。オックスフォードの教師の様子はスミスにとってはショックだったようで、中退から30年後に著した「国富論」に「オックスフォードの教師は教えるふりすらしない」と記しています。その後、スコットランドに戻り、エディンバラ大学を経てグラスゴー大学に戻り道徳哲学教授に就任します。退職後はフランスに渡ったりもしますが、スコットランドに戻り、エディンバラで生涯を終えます。そして、死の直前には未発表の原稿は全部燃やすように命じました。(しかし、一部は残り現在出版されています。)

スミスの代表的な著作には前述した「国富論」より前に書かれた(正確には講義録)「道徳感情論」(1759)があります。タイトルからもわかるように人の感情に注目し、利己心、共感、道徳性の形成など内面を深く掘り下げています。ここに彼の内向的な性格がよい具合に生きています。これは17年後に著された「国富論」にも生かされています。「国富論」を読んでいくと気づくのですが、まるでスケッチでもしているように当時の社会を言葉で描写しています。このまま映像化できそうなほどです。ただ、表面的な描写にとどまらず、社会組織(市場や国家)や経済活動(分業など)、経済現象(独占価格の決定など)の背後にある人の心理(特に感情)についての洞察がその都度記されています。そして、それらの記述から「各人が各様に自分の利益を追求する経済的自由をもつ社会が良い」というスミスの信念(あるいは強力な主観)が見えてきます。ただし、スミスは富裕層や権力者といった特権階級のみが好き勝手に振る舞い利益を得ることを擁護しているのではありません。あらゆる層の国民の繁栄を犠牲にして強者のみが反映することについては、重商主義批判のなかで批判しています。「重商主義の諸規制においては、・・・製造業者(注)特定の生産者といったような意味)の利益はきわめて格別の注意を払われてきた。そして、消費者の利益というよりは、・・・製造業者の利益の犠牲にされてきたのである」(「国富論」第4編第8章「重商主義についての結論」より)とあります。また、スミスは当時の英国の植民地支配にも批判的でした。「国富論」に出版年を思い出してください。1776年。奇しくも英国に対して、当時植民地であったアメリカが独立宣言を発した年でありました。

 

さて、普段私は経済理論を講義し、また、研究しています。現在の理論は、多くの場合、新古典派経済学のガチガチの仮定のもとで高度に抽象化されています。確かに議論を進めるためには仮定や抽象化は必要です。ジョーン・ロビンソン(1903-1983、英国の女性経済学者)が言ったように「縮尺1分の1の地図は役立たない」のです。(地図は高度に抽象化されていますね。)

 とは言え、そんな中にずっといると経済学が「日常生活を営んでいる人間についての研究」(アルフレッド・マーシャル(1842-1924、英国の経済学者))であることを忘れ、ただの計算屋になったような錯覚に陥ります。そのような状態から抜け出すために、(専門分野ではない)経済学説史や経済学者の伝記(に近いもの)に目を向けるようにしています。そうすることで「経済学の豊かさ」を確認できるのです。

(経済学部 山下賢二)

会計(専門)コースで一緒に勉強してみませんか?

 本学の経営学部経営学科には,経営コース,情報・メディアコースおよび会計コースの3つがあり,学生の皆様の興味関心に応じて学修できるコース設計をしています。今回は,その中でも会計コースの説明をしたいと思います。

 じつは,会計コースには,『会計コース』と『会計専門コース』という2つのコースが存在します。なんだか細かいな・・・と思われる人もいるかも知れませんが,まずは,その2つの違いについて簡単に説明します。

 

☆ 会計コース

 経営コースや情報・メディアコースの勉強もしつつ,会計を含めた幅広いビジネスの知識をバランス良く備え付けたいと考えている人向けのコース

☆ 会計専門コース

 会計の学修を中心に行い,会計に詳しい人になりたい人や税理士や国税専門官を目指したいと考えている人向けのコース

 会計コースと会計専門コースの違いを大まかに言えば,「3つのコースの勉強を幅広くしたい人向け」のコース(会計コース)か「会計の勉強を詳しく勉強したい人向け」のコース(会計専門コース)かということになります。

 

 以下では,会計専門コースの内容についてちょっと詳しく見てみたいと思います。まず,会計専門コースに所属したい人は,1年次に『会計学基礎Ⅰ』という科目を履修してもらいます。その科目で,会計に関する職業とその業務内容や4年間の会計に関する学習スケジュールを学ぶと共に,各自の将来の目標と会計分野の学修との関係をイメージできるように指導しています。

 

 ここで不安に思う人がいるかも知れません。

大学に入って初めて会計の勉強をするんだけど・・・・

その点は,全く問題ありません!

 

 毎年,多く学生が大学から会計を勉強していますし,それぞれの学修レベルに応じたカリキュラムが本学にはあります。

 また,皆様の中には,実務ではどのようなことが行われているんだろう?という疑問を持っている人もいるかもしれません。その点について,会計専門コースでは,キャリアセンターと共同で税理士インターンシップを開催しており,1年次から税理士業務を体験することができます。本年度も多くの学生が税理士インターンシップに参加しています。

 加えて本学では,中国地方の税理士の組織である中国税理士会による寄付講座である『税理士による租税講座』を開講しています。そこでは,さまざまな租税の内容を中心に,税理士や国税専門官の業務について学ぶことができます。

 このように経営学科の会計専門コースでは,理論的な勉強だけではなく,実務に触れる機会も多く存在する仕組みを作っています。一緒に目標を持って勉強をしてみませんか?(経営学科・内田)

法学部・ほぼ一ヶ月ぶりの対面授業

岡山では緊急事態宣言が解除され、本学でもほぼ一月ぶりに対面授業再開となりました(リモートが続いている授業もあります)。

梅雨時期ではありますが、晴れた日には爽やかな風が教室を通って、過ごしやすく感じます。

今日は模擬法廷にてゼミです。みんな久しぶりですね。

(書記官の席から傍聴席をみています)

 

今、模擬裁判用の脚本を作っています。今日は模擬法廷で実際に演じてみながら、検討します。

すっきりしないところは図を描いたり、実際の事件の動きをシュミレーションしてみたりして確認しつつ、

(「きゃ~刺される~(棒)」)

 

(被害者の移動距離を検討しています。遊んでいるわけではありません。)

 

論理的に破綻のないように作っていかないといけません。まだまだ前途多難ですが、今日は対面ならではのゼミになりました。

 

〈経済学部通信〉デジタル通貨発行で現金は消えるのか

 CDの全盛期に、レコードはCDの普及により市場から消えるという意見があった。今日、インターネットを媒体としたストーリミングがCDを市場から淘汰させている中で、レコードの需要は増加している。このように音楽の記録媒体は、レコード、テープ、CDそしてインターネットの流れの中で、中間的媒体物は排除され、両端だけが利用される傾向にあります。

 「デジタル通貨の発行で現金は消えるのか」というレコードと類似した問題が生じます。私は、このキャッシュレス化を象徴する出来事を中国で目にしました。

 1つ目は上海国際空港での光景です。浦東国際空港から虹橋国際空港に移動するバスの中で、バス代が5元不足している女性が、見ず知らずの女性の乗客と何やら話をし、相手のスマホのQRコードを読み取りWechatペイを用いて5元の振込を提示し、相手から5元を入手することができました。

 2つ目は、世話をしてくれた本学に短期留学していた学生が予約してくれたタクシーでホテルまで乗り、領収書だけを受け取ってタクシーを降りました。同行した職員によると、タクシー代金の支払いは予約した学生によって既に支払われているので、後日、Wechatでタクシー代金を支払いますとのことです。

 3つ目は、中国の大学の先生と中華調理店に入ると、料理の品物は既にスマホで予約され、支払いもスマホで行われ、私たちは行って食べて帰るだけでした。

 さて、通貨は、中央銀行が発行する現金と銀行が発行する預金通貨(デジタル通貨)で構成されています。現在、利用されている○○ペイは、預金通貨をベースとして発行される非銀行部門の預金通貨と看做すことができます。インターネット社会の下では、より便利で効率的な決済手段として非銀行部門が創造する預金通貨の部分が大きくなってきています。

 通貨は決済手段であり、価値貯蔵手段として利用されますが、価値の安定が不可欠です。価値の安定を維持・達成するのは中央銀行の役割です。この意味で、中央銀行の発行する通貨は、経済にとって不可欠な存在であるといえます。

 以上のことから、通貨もレコードと同じく、新しい決済手段が利用されたとしても、中央銀行が発行する通貨は依然として存続するということが予想されます。

(経済学部 田中勝次)

法学部・岡山県警の方に、犯罪被害者支援についてご講演いただきました

 法学部では、公務員志望の学生さんがやはり多いですが、志望の定まっていない学生さんも多くいます。いずれにせよすべての学生さんに、社会の実態に触れ、いろいろなことを感じながら学修してもらいたいと考えています。そこで、実務に携わり、現場に立って活躍しておられる方をゲストスピーカーとしてお招きして、講演していただく講義が数多くあります。緊急事態宣言のさなかにあっても、多くの方にご協力いただいており、そうしたゲストスピーカーの方には本当に心から感謝申し上げたいと思います。

 今年も昨年に引き続き、岡山県警の戸田警部補においでいただき、警察による犯罪被害者支援についてご講演いただきました。

屋内, 天井, テーブル, 木製 が含まれている画像

自動的に生成された説明

 今年はオンラインですので、ほぼ誰もいないだだっ広い講義室で、画面の向こうの学生さんに話かけていただいています。なかなか慣れない状況だったかと思いますが、本当にありがとうございます・・・。

 

 今年1年生で犯罪被害者支援サークルつぼみに参加してくれた学生さんたちが、ブログに掲載してもOKです、と聴講した感想を寄せてくれました。抜粋して以下に掲載させて頂きます。山﨑さん、友松さん、高橋さん、中村さん、組島さん、金田君、どうもありがとう!

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犯罪被害者支援室は、カウンセリングを勧めたり、病院・学校・職場と連携を取り被害者の心をサポートしていて、それは非常に良いことだと考える。被害者自身が裁判で気持ちを発信することができる被害者参加制度は、被害者が周囲の人や加害者に心情を伝える場としては良いと思われるが、裁判を判断する時に被害者の心情により正確な判断ができなくなる可能性もあるのではと疑問に思った。

被害者支援について、一番の問題は、被害者支援が一般にあまり広まっていないことだと推測する。なぜなら正しい知識を知らないことによって、良かれと思った一言をかけてしまったり気休めや安易な励ましをしたりして被害者をサポートしようとした言動がむしろ被害者を苦しめてしまうものになりうるからである。

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「同じ家族でも本心で悲しみを共有できない」という部分が印象に残った。私は、今まで被害者は家族間で悲しみを共有し励ましあうのが普通なのかと思っており、家族間でもそれぞれの立場や思いが違い、悲しみを共有できない場合もあるという話を聞いてとても驚いた。それと同時に、第三者であるから話せる話もあると思うので、第三者に話を聞いてもらう機会も被害者にとって大切な権利であると思った。

被害者支援の問題点は、国や市町村が被害者支援に関する広報活動に努めても、被害者が社会で孤立してしまう可能性をゼロにできない点である。広報活動は社会全体にできても、全員の意識を変えることは現実的に困難であるため、一部の偏見を持った人からの誤解や中傷をゼロにはできない。その上で、偏見を持った人が一人でも減るよう長期的に広報活動を続けていかなくてはならない。

被害者支援について、犯罪被害者支援の条例化を進めているというお話があったが、どこにいても被害者になる可能性がある。条例の制定は各地方自治体が行うため、場所によって支援に格差がある。すべての地方自治体が被害者支援に関する条例化を進めれば、被害者支援に大いに繋がるのではないか。

また、被害者支援について「他人事ではない」という意識を持つことは大事だと思った。

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加害者に過度な社会的制裁を加えることは、加害者が逆恨みをする可能性があり、二次的被害に繋がる為すべきでないと考えた。また犯罪被害者が精神的ダメージから失業する場合も考慮し、休業制度を設けるべきだと思った。更に、実名報道やマスコミの取材等に対しては賛否両論あり、今後の課題だと感じた。

被害者連絡制度等を通して、被害者が孤立してしまうことのないように支援し、また、被害者が裁判や捜査で何度も語らなくても良くなるように制度を改善すべきだと思う。

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今の被害者支援制度は都道府県それぞれによって制度が変わってきます。いつどこで誰が犯罪の被害に遭うかはわからないことであり、突然です。中には被害に遭って何も支援されず苦しんでいる人がいるかもしれません。一人で苦しみ悩んでいる方々を少しでも多く減らせるように、都道府県ごとの支援制度だけではなく、日本全体、さらには世界全体で協力して、この活動をもっと広げていくべきだと思いました。

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諸外国と比べ、日本の補償金は少なく、「被害を受けた時から平穏な生活ができるまで、必要な支援を途切れることなく受けることができるようにする」という犯罪被害者基本法の規定に沿えていないのではないかと考える。犯罪被害に遭い、実際に被害にあった被害者だけでなくその家族にも二次被害として様々な困難が降りかかる。それは一生ついて回るものである。事件前の収入に基づいて支援額を決めるのではなく、事件後の困難な生活に対して、どれだけ元の平穏な生活に近づけさせるかが大事だと考える。それゆえさらに、「犯罪被害者に対しての補償」を拡大するべきだと考える。

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私は車の免許を取得しているので、車の事故は他人ごとではないと感じました。もし加害者になった場合、被害者やその遺族にどう向き合うべきなのかを、お話をきいているときにずっと考えていましたが、答えが思い浮かびませんでした。自分から被害者になにか行動を起こしたとしてもそれが正しいのかと考えてしまいます。・・・被害者になった場合は、その犯人を一生ゆるすことはできないでしょう。事件の話を聞いて、加害者、被害者両方の立場になって考えたとき、日常は一瞬にしてなくなり非日常になるんだなと、これから車乗る時にはもっと注意深く運転しようと思いました。