卒業アルバム写真撮影

 毎年このころになると、各ゼミで4年生の卒業アルバムの写真撮影をします。ゼミごとに好きな場所で撮影をします。中庭とか正門前とか、ゼミ室を選ぶゼミが多いでしょうか。

 

(毎年女性カメラマンの方が、朗らかにテキパキと撮ってくださいます)

この学生たちも、ついこの間1年生だったように思うのに、もう卒業するんだなあ・・・としみじみ感じるのも毎年のことです。

この学年とは新型コロナウイルスが猛威を振るう直前(2020年の初め頃)に、コンパをすることができました。居酒屋にぎゅうぎゅうに詰めて座って、ごはんを取り分けながら一緒に食べたり、飲んだりしゃべったりしたのが、今となってはなんだか遠い夢の中の出来事のように思われます。

全国的に緊急事態宣言や蔓延防止措置が解除されましたが、今の3年生や2年生と、昔のようにコンパに行ける日が来るのだろうか・・・とも思ったりします。

 

〈経済学部通信〉お金の話: 「知っている・知らない」で大きく変わる?

今回は井尻先生にご寄稿いただきました。


現在(2021年8月30日時点)、大手銀行の定期預金の金利は0.002%程度、金利の高いネット銀行についても0.02%程度となります。もう少しわかりやすく述べますと、100万円を1年間預けますと大手銀行の場合は20円の利息、ネット銀行の場合は200円の利息となるわけです(厳密にはここから更に税金等が差し引かれます)。一方でコンビニのATMで1度、お金を引き下ろした場合、手数料として100~200円程度かかります。

このような低金利下において、銀行に預けているだけではなかなかお金は増えません(安全資産として預金保険制度の範囲内で銀行に預けることは重要です)。そのため、岡山商科大学では学生皆さんが将来にわたって今後の資産をどのように形成していくか、それを考える一助となるために金融諸団体より外部講師をお招きして、「金融リテラシー講座(基礎編)」と「金融リテラシー講座(応用編)」を開講しております。詳細については下記URLより、ぜひシラバス(講義内容を記したもの)をご確認いただけたらと思います。

 

〈金融リテラシー講座(基礎編)〉

https://syllabus.osu.ac.jp/perl/web/syllabus.pl?&mode=detail&Lecture_id=58835&gakka=

 

〈金融リテラシー講座(応用編)〉

https://syllabus.osu.ac.jp/perl/web/syllabus.pl?&mode=detail&Lecture_id=58952&gakka=

2020年度「金融リテラシー講座(応用編)」の講義風景」  2020年度「金融リテラシー講座(応用編)」の講義風景」

(2020年度「金融リテラシー講座(応用編)」の講義風景」)

 

資産形成を考える上で、「知らなくて選択肢に入らない」よりは、「知っていた上で選択する・しない」という判断を自身の責任の下で、行うことができるということが重要であるかと思います。

(経済学部 井尻)

裁判所見学

商大ではもう後期の授業がスタートしています。

昨年に引き続き、夏休み明け直前の9月14日、ゼミで裁判所見学に行かせていただきました。蔓延防止措置が続いている岡山県ですが、全員不織布マスク着用で、距離を取りつつ・・・という形で受け容れていただきました。裁判所の役割や、裁判所事務官・書記官の仕事など、大変詳しく教えていただきました。

また今年は、特に家裁調査官の方に案内していただき、家庭裁判所も見せていただくことが出来ました。家庭裁判所は、家庭の問題を特に扱う部署であるからか、部屋のしつらえにも目的に応じた配慮がなされていることが垣間見えました。

普通入れないところにも入らせていただき、盛りだくさんな内容でたくさん勉強させていただきました。ご対応いただいた裁判所の皆様に篤く御礼申し上げます。

裁判所の中の至る所、安全に審議や議論、傍聴が出来るようにするために、感染防止対策が様々に施されており、事務官の皆様のご苦労が偲ばれました。

 

今年は学生さんと記念写真を撮りそびれてしまいました。残念。

建物の間の道路

中程度の精度で自動的に生成された説明

(裁判所を歩道から撮影)

税理士特設講座2021年度受講生の声

こんにちは。

法学部で税法を担当している坂巻です。

本日は、税理士特設講座の受講生からお寄せいただいた感想を紹介いたします。

この講座は、税理士としてご活躍の方々を対象として、この春にスタートしました。

2021年度は、税理士の方8名と大学院生6名で、税法の裁判例を研究しました。 

−−−−−受講生の声−−−−−−−−−−−−−

5月8日から7月17日にかけて土曜日に全5回、岡山商科大学大学院の「税理士特設講座」に参加させていただきました。坂巻綾望准教授のもと、大学院生の皆様と、税理士の皆様が、20代から70代まで机を並べて受講しました。

本講座では、「租税法の解釈」をテーマに、合計13の判例を読み解くというものでした。初回の授業で、受講者ひとりにつき一つ、調べて発表をする判例を選ぶこととなりました。本格的なゼミの様相に、私は恐れおののいておりました。

しかしながら、坂巻先生に「お一人お一人の興味関心に沿って、どんな発表をして頂いても大丈夫ですよ」と背中を押していただき、慣れない判例を読み、なんとか発表させていただきました。それを受けて、税理士の先生方、院生の皆様が、より深い議論をされていたのが印象的でした。

初回は教室講義でしたが、新型コロナの影響による大学の閉鎖もあり、第2回、第3回はZOOMを利用した完全オンライン講義、第4回、第5回は教室とオンラインのハイブリッドで開催されました。現代の学生はこのような学習環境なのかと感じ入りました。

参加された皆様の発表は、どれも気合の入った唸らされる内容でした。発表を受けての議論も、理論と実務の両面からのアプローチで白熱していました。私も皆様のような学識と経験を積まねば、との思いを抱きました。

岡山商科大学での講座は、数年来の悲願とお聞きしました。県内での開講は貴重で、大変ありがたかったです。来年も参加し、継続的に学んでいきたいです。

−−−−−−−−−

平日は税理士として活躍されながら、土曜日はさらに専門知識を深めようという姿勢から、私も刺激をうけました。実務家の方々に新しい裁判例をご紹介できますよう、これからも研究を続けて参ります。

 

(法学部 坂巻)

 

【教職フィールドスタディ】岡山県警察本部新庁舎訪問

前回の投稿に引き続き,教職課程で実施されたフィールドスタディの様子を紹介します。

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令和3年8月6日,岡山県警察本部新庁舎にて,「将来高校の教壇に立ったとのことを想定し,警察の業務,社会的責任,組織,仕組みや役割を知ると同時に,自分の生き方を考える。」ことを目的としてフィールドスタディを実施しました。

以下,参加した学生の声を紹介します。

・イメージとして警察の方が働いているようには思えないほどおしゃれな内装でした。訪問の中で印象に残ったのは,見学途中に緊急の事件が発生し通信指令室の見学が出来なくなったことです。いつ発生するかわからない事件に対して即座に対応し,そのような忙しい中でも我々への対応も丁寧にしてくださいました。そこで警察の仕事は本当に何が起こるかわからないものだなと実感し,毎日緊張感をもって働くのはとても大変そうだなと思いました。しかしその分やりがいのとても多い仕事という点で,教員と共通する部分もあるなと考えました。誰かのために責任を背負い,緊張感をもって,自身の仕事に誇りを持つことが出来る数少ない仕事だなと再認識し,より教員になりたい気持ちが強くなりました。(4年大島)

・私は,今回の新庁舎見学で警察官の並々ならぬ努力と覚悟が。住民の安心・安全を守っているのだと感じました。同時に,教師という職業にも同じようなことが言えると思いました。私は,学校教員も努力と覚悟がいる職業だと思います。そのため,警察の仕事からは学ぶべきことがたくさんあると感じました。(4年上杉)

・警察というとTVドラマでよく見る犯罪事件の捜査や警察学校のイメージが強かったのですが,見学を通して,通信指令課やサイバー犯罪対策課等数多くの組織があることを知りました。また,広報展示スペースの見学では,機動隊が着用している出動服や警察官の制服を着させてもらいました。出動服は想像以上に堅く重さがあり,着こなしている機動隊の方の力強さを感じました。命を懸けて国を守って下さっている方々に感謝の気持ちを忘れず,自分が取り組める交通安全などに努めたいと思いました。(4年岡本)

「さすまた」や「警棒」を実際に持たせてもらいました

交通管制センターの様子

 

(担当教員 経営学部商学科・吉田信)

【教職フィールドスタディ】岡山県高等学校商業教育研究大会への参加

教職課程で実施されたフィールドスタディの様子を紹介していますが,前回の投稿に引き続き,第2弾の様子を紹介します。

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令和3年8月5日,岡山県下の公立・私立高等学校に在籍する商業科の現職教員150人ほどが参加する研究会が開催されました。最新の教育情勢や教育課題を勉強させていただくことを目的に,本学の2~4年生30名が参加しました。

当日は,ZOOMによるオンラインと,「ピュアリティまきび」をキーステーションとした対面を併用するハイブリッド型で実施されました。

今回も,参加した学生の声を紹介します。

・授業に一人一台の端末を導入することについて,ITが進むにつれて何が大切になってくるか,商業高校及び普通科ビジネス系等の学校は今後何に重点を置いて教育していくべきか,新型コロナウイルスが流行している中での接客がどう変化しているかなど様々なことについて学び、考えるきっかけとなった。(2年中村)

・母校の先生やお世話になった先生方がたくさん参加していたことに驚きました。商業科を発展させるために学ぶ先生方の姿を見て,私自身も未来を担う子供たちを育成するために,「時代の流れに沿った教育とは何か,何が必要になってくるのか等」先生の立場になって考えなければならないと感じました。(4年岡本)

・研究大会に参加して,より教員になりたいなと強く思った。生徒を成長させるために教員一人一人が自身のスキルを磨こう,見直そうなど,向上心を持つ150人を超える先生方が参加していて感動した。この中に自分も混ざりたい,やりがいを感じながら仕事をしてみたいと思いました。(4年大島)

・これまでの情報科と商業科の教員免許取得に向けた学習を生かすだけでなく, GIGAスクール構想に対応した情報科と商業科の連携が取れる学習について考えるという新しい目標を持つことができた。(2年矢吹)

「ピュアリティまきび」での研究会の様子

 

(担当教員 経営学部商学科・吉田信)

【教職フィールドスタディ】裁判所の見学と裁判傍聴

新型コロナウイルスの影響により,学外での活動が十分に行われない中,教職課程で8月初めに実施されたフィールドスタディの様子を紹介します。

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令和3年8月5日,岡山地方裁判所において,「将来高校の教壇に立った時のことを想定し,司法である裁判所の仕組みや役割を知ると同時に,世間や社会,世の中を知り自分の生き方を考える」ことを目的とするフィールドスタディを実施しました。

以下,参加した学生の声を紹介します。

・私は改めて裁判手続きや裁判の流れの「公平性」を知ることができました。この「公正性」は私たちの権利と自由を守るものであり,高校教員になる上でも大切な能力だと思います。私は,将来どんなときでも生徒を公平な目で見られるような教員になりたいと思いました。(4年上杉)

・裁判員裁判で,自分がもしかしたら選ばれるかもしれないと思うと怖さと不安を感じました。(4年矢部)

・裁判所に入ったことがなく初めての体験でどんな所かもわからなかったため少し怖かった。今日は無免許運転した人の裁判を傍聴させていただき考えさせられるものがありました。(3年國澤)

・裁判官の席と教壇が重なって見えました。また,ともに立場や関係が違っても,人と真摯に向き合う姿勢は同じだと感じました。(4年村井)

・学生も生徒も,こういった裁判を傍聴することで,身近な犯罪に対する自己啓発や注意喚起にも繋がる一面もあると思いました。(4年大島)

(担当教員 経営学部商学科・吉田信)

【商学科フィールドスタディ】岡山市内を街歩きしました

  商学科の大石ゼミ(2年生)では,毎年,岡山市中心部を歩き,地理学的な視点から岡山市の都市構造を探る”街歩き”をしています。

今年は7月31日に実施。熱中症が懸念されることから,通常よりも距離を短くして実施しました。

ルートは,岡山駅を出発して路面電車で柳川交差点へ。そこから天満屋,岡山県立図書館を経由して後楽園へと向かいました。

岡山市は岡山城の城下町を中心に発達した都市。今回は,城下町の外側から内側へと進んでいきます。

ここは城下町の外縁部にあたる寺町。城下町を守る砦としての役割も果たしていました。現在もいくつかの寺院を確認することができます。

続いては天満屋,表町商店街付近。表町商店街は江戸時代の商人町を起源としています。効率よく商売を行うために店と店の間隔や道幅が狭くなっており,これが現在の車社会には不向きであることから,地方商店街衰退の一因ともなっています。

中国銀行本店や日本銀行のあるあたりからは,岡山城に仕えていた武士の住む武家屋敷。武家屋敷の敷地は広いため,銀行や官庁などの大型施設が立地します。

県立図書館や県庁のあるあたりは,岡山城の二の丸付近。つまりここは岡山城の中なのです。

現在,岡山城は改修中のため迂回。直接後楽園に向かいます。

そして目的地である後楽園に到着。後楽園は背後にある操山を”借景”としていることが特徴で,後楽園から操山の間は高い建物を建てることが規制されています(写真は反対側ですが…)。

最後は後楽園内の茶屋でかき氷をいただきました。暑い中でしたがお疲れさまでした。

(※前半3つの写真は,実習とは別日に撮影したものを掲出しています。)

 

商学科では学生がビジネスや観光の現場で実践する「フィールドスタディ」を授業の一環として実施しています。この夏にもいくつかの実習が予定されていましたが,新型コロナウイルスの影響で延期となりました。今後,実習の様子については,このブログでお伝えする予定です。

〈経済学部通信〉大きな声と滑舌

今回は宮島先生にご寄稿頂きました。

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  皆さんは次の詩を聞いたことがありますか。

 

あめんぼ あかいな アイウエオ

うきもに こえびも およいでる

かきのき くりのき カキクケコ

きつつき こつこつ かれけやき

ささげに すをかけ サシスセソ。

そのうお あさせで さしました

たちましょ らっぱで タチツテト

トテトテ タッタと とびたった

なめくじ のろのろ ナニヌネノ

なんどに ぬめって なにねばる

はとぽっぽ ほろほろ ハヒフヘホ。

ひなたの おへやにゃ ふえをふく。

まいまい ねじまき マミムメモ

うめのみ おちても みもしまい。

やきぐり ゆでぐり ヤイユエヨ

やまだに ひのつく よいのいえ

らいちょうは さむかろ ラリルレロ

れんげが さいたら るりのとり

わいわい わっしょい ワイウエヲ

うえきや いどがえ おまつりだ

 

 これは北原白秋の詩です。NHKや民放のアナウンサーや舞台役者、企業の新人研修などで定番になっている発声練習の詩ですね。友達と話すときや家族と話すときは普通に会話ができるが、人前で発表などをするときは声が小さくなってしまう人がなんと多いことか。

ゼミでは大きい声をお腹から出すよう求めているが、その意味をなかなか理解できない学生がいます。プレゼンテーションの構成やストーリーの磨き方を書いた本は多いが、声の出し方山の取り方などを書いた本は意外と少ないことに驚く。私の英語の講義では、少々の文法ミスよりも声の大きい学生のスピーチには加点するが、声の小さい学生は減点するようにしている。この北原白秋の詩を使って力強く言葉を出し、滑舌よく文章を読める練習をしして、相手に確実に伝え、美しい声で話す力を持たせたい。

 どんなに素晴らしい内容のプレゼンテーションでも、それを伝える声が良くないと、相手には評価されないでしょう。上の写真は高校生がお芝居を演じているところですが演劇部員は日頃の発声練習のおかげか、お芝居以外の発表の場でも大いにその力を発揮します。カナダやオーストラリアでは高等教育に演劇が表現力やコミュニケーション能力を身に着けさせるのを目的に一つの教科として存在しているが、日本にはまだ認められて異なことが日本人のプレゼン能力が低いと言われる原因の一つかもしれません。

 

複式呼吸

 相手に届く声を出すには複式呼吸ができないとだめです。正しい姿勢で9秒ぐらい細く長くお腹がへこむように吐き出します。息が全部出たら、お腹の力を抜きます。そうすると空気がおのずと入ってくるので、お腹がふくらむように数秒息を吸います。要するにお腹から声を出す練習をするといいです。相手にはっきりとした声を届ければプレゼンは楽に進みます。この複式呼吸をしながら声を出す練習をすると言葉が力強くなり相手は気持ちよく聞き取ることが出来ます。複式呼吸のやり方はインターネットにたくさん出ているのでそれを参考に練習をしてみてください。

 

早口言葉

 早口言葉でもっとも有名なのはういろううりです。

せっしゃおやかたともうすは、 おたちあいのうちに、

ごぞんじのかたも ござりましょうが、

おえどをたって にじゅうりかみがた、

そうしゅうおだわら いっしきまちを おすぎなされて、

あおものちょうを のぼりへ おいでなさるれば、

らんかんばし とらやとうえもん

ただいまは ていはついたして、えんさいとなのりまする。

がんちょうより、おおつごもりまで、おてにいれまする このくすりは・・・・

このういろううりを毎日練習しているとかなり滑舌がよくなります。最初はなかなかうまく読めないでしょうが、何回も練習するとスラスラと声がでるようになり、他の文章を読むのも案外簡単に読めるようになってきます。是非試してみてください。このういろううりもインターネットで見ることができますから。今日から始めましょう。また、次の早口言葉を三回連続して言えるようチャレンジしてみてください。

  第五交響曲観客驚愕(3回)

  中小商工業振興会議(3回)

  隣の客はよく柿食う客だ。(3回)

  青巻紙黄巻紙赤巻紙(3回)

  バスガス爆発(3回)

 今から練習しておいて、滑舌よく就職試験の面接やプレゼンテーションに臨んでください。あなたもアナウンサーや役者のように美しい声が出てきますよ。

(経済学部 宮島)

 

〈経済学部通信〉役に立たない(多分)経済学者案内~こぼれ話~

今回は山下先生にご寄稿頂きました。

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(自然)科学者の伝記を読んだり、エピソードを聞いたりしたことはあるでしょう。たとえば、アイザック・ニュートンやアルベルト・アインシュタイン、そして、日本人なら湯川秀樹。この人たちの学問上の業績はよく知らなくても、この人たちにあこがれて科学者を目指す人がいます。また、学生や研究者ならば、こういった先達のエピソードや人となりを知り、「なぜこんな考え方がでてきたのだろう」という疑問に答えを得ることがあります。実は、経済学でも同じことがあるのです。そこで、今回は経済学にとってのニュートンと呼んでもよいアダム・スミスの人となりやエピソードを紹介していきます。学説史的なことは専門外ですのであまり述べません。もし、アダム・スミスという人に興味をもち、親しみを感じたら、彼の著書(文庫本であります)や研究書を読んでみてください。

【アダム・スミス】1723-1790、スコットランド生まれ

アダム・スミスの名前を知らない人はいないでしょう。彼は「経済学の父」と呼ばれています。代表的な著作は、「見えざる手」という言葉が有名な「国富論」(1776)、正式な名前はもうすこし長く「諸国民の富の本質と原因についての考察」と言います。現在に至るすべての経済学者と経済学部生はアダム・スミスの弟子と言ってもよいでしょう。

さて、この偉大なるアダム・スミスは、内向的で、さらに子どものころから放心癖(ぼ~っとする癖)がありました。実は、スミスは3歳か4歳のときに誘拐に遭っています。おそらく、ぼーっとしていたところをさらわれたのでしょう。さらっていったのは放浪していたスリの一味でした。早速、スリは幼いスミスを使って「仕事」を始めたのですが全然役に立ちません。何せ、スミスは人見知りです。記録ではスミスはすぐに親元に連れ戻されたとありますが、実際は送り返されたのでしょう。(多分、元いたところに戻された。)しかし、このまま、スミスが帰らなかったら現在のような経済学は存在しなかったでしょう。放心癖のほうは生涯続いたそうで、あるときは書類に署名するとき前に書いた人の名前をそのまま書き写す、役人をしていたときは目の前で守衛の兵隊が捧げ銃(ささげつつ)をしたとき、自分も持っていたステッキで反射的に同じ姿勢をとる、議論に集中していてお茶を入れるはずのポットに茶葉の代わりにバター付きのパンを入れお湯を注ぎ飲んでから気づく(まずかったそうです。)、国富論の執筆中にはガウンを羽織ったまま25km近く散歩したということが記録されています。

さて、スミスは14歳でスコットランドのグラスゴー大学に入学し、道徳哲学を学びます。卒業後、17歳で当時の出世コースの王道として英国国教会の聖職者になるべくイングランドのオックスフォード大学に進学しますが、当時のオックスフォードの教師連のやる気のなさ(岡山商大とは大違いです。)にがっかりして23歳で中退します。オックスフォードの教師の様子はスミスにとってはショックだったようで、中退から30年後に著した「国富論」に「オックスフォードの教師は教えるふりすらしない」と記しています。その後、スコットランドに戻り、エディンバラ大学を経てグラスゴー大学に戻り道徳哲学教授に就任します。退職後はフランスに渡ったりもしますが、スコットランドに戻り、エディンバラで生涯を終えます。そして、死の直前には未発表の原稿は全部燃やすように命じました。(しかし、一部は残り現在出版されています。)

スミスの代表的な著作には前述した「国富論」より前に書かれた(正確には講義録)「道徳感情論」(1759)があります。タイトルからもわかるように人の感情に注目し、利己心、共感、道徳性の形成など内面を深く掘り下げています。ここに彼の内向的な性格がよい具合に生きています。これは17年後に著された「国富論」にも生かされています。「国富論」を読んでいくと気づくのですが、まるでスケッチでもしているように当時の社会を言葉で描写しています。このまま映像化できそうなほどです。ただ、表面的な描写にとどまらず、社会組織(市場や国家)や経済活動(分業など)、経済現象(独占価格の決定など)の背後にある人の心理(特に感情)についての洞察がその都度記されています。そして、それらの記述から「各人が各様に自分の利益を追求する経済的自由をもつ社会が良い」というスミスの信念(あるいは強力な主観)が見えてきます。ただし、スミスは富裕層や権力者といった特権階級のみが好き勝手に振る舞い利益を得ることを擁護しているのではありません。あらゆる層の国民の繁栄を犠牲にして強者のみが反映することについては、重商主義批判のなかで批判しています。「重商主義の諸規制においては、・・・製造業者(注)特定の生産者といったような意味)の利益はきわめて格別の注意を払われてきた。そして、消費者の利益というよりは、・・・製造業者の利益の犠牲にされてきたのである」(「国富論」第4編第8章「重商主義についての結論」より)とあります。また、スミスは当時の英国の植民地支配にも批判的でした。「国富論」に出版年を思い出してください。1776年。奇しくも英国に対して、当時植民地であったアメリカが独立宣言を発した年でありました。

 

さて、普段私は経済理論を講義し、また、研究しています。現在の理論は、多くの場合、新古典派経済学のガチガチの仮定のもとで高度に抽象化されています。確かに議論を進めるためには仮定や抽象化は必要です。ジョーン・ロビンソン(1903-1983、英国の女性経済学者)が言ったように「縮尺1分の1の地図は役立たない」のです。(地図は高度に抽象化されていますね。)

 とは言え、そんな中にずっといると経済学が「日常生活を営んでいる人間についての研究」(アルフレッド・マーシャル(1842-1924、英国の経済学者))であることを忘れ、ただの計算屋になったような錯覚に陥ります。そのような状態から抜け出すために、(専門分野ではない)経済学説史や経済学者の伝記(に近いもの)に目を向けるようにしています。そうすることで「経済学の豊かさ」を確認できるのです。

(経済学部 山下賢二)