〈経済学部通信〉教養演習の時間、切磋琢磨の刻刻

 

今回は韓先生にご寄稿いただきました。


ゆく年くる年を迎えたら、後期もいよいよ終わりを告げる。

 

月曜日開講の教養演習だが、12月25日は第14回でディベート本選の時間だった。前期のプレゼンテーションでの失敗から得た教訓を生かして、韓ゼミの移民チームは本選まで頑張ったものの、優勝はできなかった。負けて惜しかった気持ちより、自分たちがとことんまで頑張り切れなかったことへの悔しさのほうがずっと大きかったように思えた。私は、むしろそれでよかった。結果そのものより結果への道中、つまずきながら進んでいくことのほうが肉体的にも精神的にも絶対プラスになると信じているからだし、現に一人ひとりが確実に成長してきたのだ。

みんなを褒めてあげたい。そして、感謝もしたい。

 

経済学部1年次開講の教養演習はいわば道場。実践を通して「かた」を実力へと習得していく。前期はプレゼンテーションを、後期はディベートを中心に、要約力、表現力をはじめ、読解力、資料収集力、ないし批判的思考力といった学修力及び社会人基礎力の育成を目標に演習内容が組まれている。各回課題が課され大変なものもあるようだったが、課題作成に要約力がついた、人前での発表が普通にできた、相手の話を真剣に聴き的確に反論することが大事だと分かった、その一方、立論の主張は自分たちより説得力があった、相手からの反論は的確だったなど、様々な反応があった。この上なくうれしく感じたのは、相手チームの仲間の成長を真摯に受け止めたことだ。一人は楽だが、一人より大勢のほうが励まし合いながらより遠くへ進めるのだ。

 

最終回の教養演習は総括として、一人3分の発表を予定している。学業はもとより、この1年の成長及び今後の抱負について、語り合いながら喜び合える時間になれたらなあと、楽しみにしている。

(経済学部 韓)

〈経済学部通信〉おじさんのひとりごと

今回は本学で「芸術」の授業をご担当で,吹奏楽部の顧問をされている石原先生よりご寄稿いただきました。


 9月1日岡山芸術創造劇場ハレノワがオープンしました。これに伴い長年慣れ親しんできた岡山市民会館と岡山市民文化ホールが閉館することになりいろいろな団体が「さよならコンサート」を企画し開催しています。

 来年度からは演劇やオペラ関係はハレノワで、演奏関係はシンフォニーホールでという棲み分けが・・・と思いきや~

 シンフォニーホールは2001席と大きなホールです。これまで市民文化ホール800席でちょうど良かった利用団体には広すぎるのです。ハレノワには中劇場(807席)があり音響反射版も備えてあるので音楽関係にも使えるとのことでしたが(大劇場1753席には音響反射版の設置なし)、演奏関係者から「全然使えない」など酷評が多く聞こえてきています。

 理由のひとつにホールの残響時間があります。残響時間とは演奏音が止まってホール空間に響いている音の音圧が60㏈まで減衰する時間をいいます。音楽演奏(管弦楽関係)で音が豊かに響くには2.0秒前後、オペラでは言葉もはっきり聞こえかつ演奏の響きもある程度残る1.4~1.6秒前後、演劇では台詞がかぶっても聞き取れる0.8~1.1秒前後が最も適しているとされています。

 残響時間は空席時と満席時は違います。人が客席に座ると着ている服の布が音を吸収し響きを止めてしまうので空席時より0.2~0.5秒くらい短くなるのです。(会場の広さや形状によって違いがある)

 シンフォニーホールは空席時2.5秒、満席時2.0秒。客席によって聴きづらい場所はありますが、音楽関係(管弦楽)には最適な残響時間です。ハレノワ大劇場は空席時1.3~1.7秒(満席時は未測定)なので0.2秒~0.5秒くらい少なくなるとして0.8秒~1.5秒くらいになると思われます。オペラや演劇にはいいですよね。中劇場は音響反射版を設置したとき空席時1.5~1.9秒(満席時は未測定)なので満席時には1.0~1.7になると予想されますが、ここでもう1つ問題なのが音響反射版です。他のコンサートホールより薄く十分に音を反射させないことから実際に聴いた方は「残響時間はかなり少なくなる。」「ほとんど響かない。」と言っていました。音楽関係者で「予約しようと思ったが会場を変更した。」という声も耳にします。

 さらに2025年度には岡山シンフォニーホールが改修工事に入りしばらく使えないとのこと、「岡山市内で演奏会場が無くなる!」「これからは倉敷市民会館で!」といった声が聞こえてくるようになりました。

(経済学部 石原憲)

〈経済学部通信〉構造把握力

今回は三谷先生にご寄稿いただきました。


生成AIなどの技術革新が進む中で働く人に必要とされるスキルが大きく変化している。そして、大学教育でもSTEM(Science, Technology, Engineering and Mathematics)という分野の知識・技能が益々重要になっており、文系の学部でもこうした分野の基礎的な知識・技能を身につけることが求められている。しかし、単にPCなどのプログラムを組んだり、アルゴリズムを理解することができるようになることが、こうした要請に応えることになるのだろうか?チャットGPTを使えば、かなり複雑なプログラムも日常用語で問いかけるだけで瞬時にコードを作成してくれる。では、どんなスキルを磨くことが文系のとりわけ経済学を学んでいる学生に求められているのだろうか?

このことを考える糸口としてSTEMのひとつである数学を学生時代に専攻して現在経済界で活躍している人の話に注目したい。三菱UFJフィナンシャルグループ社長の亀澤宏規氏は東京大学理学部数学科・大学院で数学(整数論)を修めた後銀行に就職したという異色の経歴の持ち主である。母校のある記念日でのあいさつで、「自分は大学で数学を学んだが、数学そのものが役に立つと思ったことは一度もない。むしろ、役に立たないからこそ数学をやる意味があると思っていた。」、「しかし、数学を学んだことで鍛えられたスキルがある。「構造把握力」とでもいった能力である。すなわち、物事を抽象化し、理論化し、そして一般化する能力である。」IT化が進む中で国際金融の激烈な競争社会を生き抜いてきた氏のいう「構造把握力」こそがSTEMで鍛えられ、これからのAI社会で働く人に求められるスキルではないだろうか。

「構造把握力」について、もっと詳しくみてみよう。まず、「物事を抽象化する」とは、複雑な現実の問題から本質的なものだけを抽出し、単純化した関係として問題を設定し直すことである。(実は、私が数学演習などで教えた経験からこの抽象化するということができない人が多い。)つぎに、「理論化する」とはこの抽象化された問題の背後にある理論的な構造を明らかにして問題を解いていくということである。そして、得た結果を具体的な問題の解決に応用し、「一般化」する。このように考えていくと、「あれ?どっかで聞いたことがある。」と思われた人もいるかと思う。そう、『マンキュー入門経済学』の第2章「経済学者らしく考える」に書いてある「科学としての経済学」の説明と酷似しているのである。それもそのはず、経済学という学問はもともとニュートン力学の体系に触発されて発展してきたという側面がある。つまり、STEMのひとつである!

経済学をしっかり勉強して「構造把握力」を身につけることがこれからのAI社会を生き抜くために大切なことではないだろうか。

(経済学部 三谷直紀)

〈経済学部通信〉夢見てきた韓国留学

今回は本学経済学部3年生で、現在韓国へ留学中の柳原鈴香さん(佐井ゼミ)から寄稿していただきました。


 私は9月から12月までの一学期間、韓国の祥明大学という所に留学に来ています。

韓国への留学は高校生の頃からの目標であり夢でした。そして昨年「日韓大学生未来フォーラム」に参加した事をきっかけに更に韓国に興味が湧き、留学を決意しました。

(祥明大学の様子)

 

 履修している講義については、ほとんどが留学生向けのもので韓国語や韓国社会についての勉強に特に注力しています。留学生向けの授業では、多様な国から来ている多くの留学生が韓国語を上達させるために、積極的に韓国語で話したり、時には出身国の紹介を韓国語で発表したりしています。留学生向け以外の授業については、「文化トレンド日本語」という日本の流行語を学ぶ講義を履修しています。日本語の授業ではありますが、日本人留学生はもちろん韓国語で話さなくてはならず、最初はかなり苦戦していました。しかし、この講義の受講者は上級レベルの日本語が話せる方ばかりなので、サポートしてもらいながら韓国語で会話する練習ができており、日々少しずつ上達していると実感しています。

韓国語での授業は想像以上に難しく、毎日予習・復習に追われています。

日頃から勉強する習慣があまり付いていなかった私には少々大変ですが、毎日少しずつ新しい単語やフレーズを覚えていき、実際に聞き取れたり応用して使えるようになったりすると、しっかり身に付いているのだと実感できて嬉しいです。

 

(講義の様子)

(学食)

 一学期間生活する寮についてですが、私の寮は日本人4人、中国人2人、ブルネイ人2人の合計8人で毎日楽しく生活しています。日々、日本語・中国語・マレー語・韓国語・英語が飛び交い、とても賑やかです。国籍や使用する言語は違ってもみんな本当に仲が良く、時には大量にチキンやピザを買ってきて全員で輪になって食べたこともありました。

また、韓国は日本より物価が高いと感じるのですが、そういった各国の物価の違いについても寮の皆で話し合ったりします。このように寮での生活は賑やかで楽しいだけではなく、日本ではなかなか知ることができないリアルな海外事情も知ることができるため、非常に勉強になります。

 

(世界遺産を観光)

韓国の生活では文化や習慣の違いに困惑することもありますが、それが刺激になって自分自身の成長に繋がっていると思います。

4か月間とそれほど長い期間の留学ではありませんが、留学を応援してくれている両親や友人、高校や大学の先生方に感謝して、充実した意味のある留学生活を送りたいです。

(経済学部3年 柳原鈴香)


ブログ担当者より追記:

柳原さん、韓国からのレポートをありがとうございました。学業だけでなく文化交流という面でも充実した日々を送られているようですね。

岡山商科大学では韓国の祥明大学だけでなく、中国、オーストラリア、カナダ、マルタ共和国など様々な国への留学をサポートしています。在学生の皆さん、高校生の皆さん、岡山商科大学から世界へチャレンジしてみませんか?

 

〈経済学部通信〉西大寺高校出前授業

今回は宮島先生にご寄稿いただきました。


令和5年8月18日(金)に岡山県立西大寺高校商業科2年生80名を対象に出前授業をしてきました。キャリア教育講演会として「異文化理解とコミュニケーション能力」をテーマに話をしました。

 

最初にジョンレノンのImagineを聞いて、ジョンレノンが訴えた平和について生徒と一緒に考えました。国境なんてない世界や財産なんてなくて、人は皆兄弟なんだと彼は言います。ラオスやオーストラリア、ニュージーランド、カナダ、ラトビアなどの歴史や文化など、国旗を掲示して話しました。ラオスは発展途上国で、市場にはいろんな種類の昆虫が売られていて、試食をしたことを話すと、生徒は顔をしかめていました。日本人もイナゴを食べる習慣があるし、生魚の刺身も日本固有の文化ですね。国や民族によって食習慣や生活習慣は違っていて、それを理解することが大切だということを伝えました。若い内に外国に行って、異文化を知り理解することで、君たちの人生は大きく開けていくことを話しました。また、コミュニケーション能力を身につけて、社会に出るべきで、商業科はその勉強をするには最適な場所だという思いを伝えました。

 

西大寺高校商業科を卒業し現在本学3回生の学生に来てもらい、大学の面白いこと、大学でできることなどを話してもらいました。生徒は皆、真剣に聞いてくれて素敵な時間を過ごすことが出来ました。

(経済学部 宮島)

 

〈経済学部通信〉この円の半径は何cmかな?

今回は前田先生にご寄稿いただきました。


 教職科目の「教育心理学Ⅰ」を担当している経済学部の前田健一です。教職科目は、将来、学校の教員を目指す学生さんが教員免許状を取得するのに必要な授業科目です。岡山商科大学の法学部と経済学部の学生さんは、専門科目の他に教職コースを追加履修すると、中学校教諭免許状(社会)や高等学校教諭免許状(公民)を取得できます。また、経営学部の学生さんは、教職コースを追加履修すると、高等学校教諭免許状(情報)や高等学校教諭免許状(商業)を取得できます。詳しくは岡山商科大学のホームページから、キャンパスライフ→免許・資格一覧→教職課程をクリックした後、PDFファイルを見てください。

 教育心理学は、心理学の研究成果を教育に活用したり、教育の諸問題を心理学の視点から研究したりする学問領域です。教育心理学Ⅰの授業では、人間の記憶力、学習や思考、やる気や意欲、学級集団と学級の人間関係、測定と評価、知的発達、人格発達、発達障害、カウンセリング等々、幅広い内容について講義しています。その中から、今回は思考の柔軟性の話をするときに大学生に解いてもらっている簡単な問題を紹介しましょう。

 

 以下の図形の問題を解いてください。5分以内に解けた人は、思考の柔軟性や発想の転換が豊かな人です。5分以内に解けない人は、思考が固い可能性があります。さあ、この円の半径を求めてください。

 正解にたどり着けなかった人にヒントを教えましょう。三平方の定理を使うか使わないかは、あなたの自由選択です。さらなるヒント、三平方の定理を使わなかった人は、長方形OPQRに注目してください。

 

(経済学部 前田)

〈経済学部通信〉第17回岡山県英語教育研究会

今回は宮島先生にご寄稿いただきました。


第17回岡山県英語教育研究会(むさしの会)が8月5日(土)に岡山商科大学の764教室で開催されました。岡山商科大学で開催されるのは2回目です。東は愛知県、西は福岡県から40名の高校や大学の先生方が集まりました。今回の研究会での発表はICTを活用した授業を実践されている、岡山県立大安寺中等教育学校のMatthew Davis教諭と愛知県立豊田南高校の中島浩平教諭の実践発表でした。高等学校は全国的に生徒が入学時に小型のノートパソコンやタブレットを購入しインターネットを利用したり、ICT機器を使った教材を作って授業を展開するようになっています。当然Wi-Fi環境は整備され、学校によっては教科書や辞書もインストールしています。紙の辞書がな  くなるのも時間の問題かもしれません。

普段私も使っているパワーポイントも知らない機能がいっぱいあり、お二人の発表で教材作りの勉強になりました。これから大学に入学してくる学生はICTを使った授業に慣れていると思うので、ICTを使った授業展開ができるように研究をしていきたいと思います。

(経済学部 宮島)

〈経済学部通信〉「教学相長ず」

今回は韓先生にご寄稿いただきました。


 前期も期末を迎え、「教える側」と「学ぶ側」の心構えについて現場で考えさせられたことを、一つの視点として共有させていただければ。

 「先生、このグラフ、こうしたいんですけど、どうすれば?」と、月曜日2限の教養演習の時間に、プレゼンテーションのPPT資料作成の注意点についてお話を終わった直後に、一人の男子学生からアドバイスを求めてきた。

 「それねえ、確か右クリックをすれば…、こうして」と、機械が大苦手な私だが、コロナの三年間に忘れては覚えてきた「ワザ」を「伝授」した。

 「おおおっ!」と、その歓喜に満ちた声とその輝いた眼が、思い出すたびに勇気づけられ、そしてそれ以上に応えたくなる。

 

実はこの男子学生のような、意欲的に何かを実践しようとする学生は教室にはそれほど多くない。大半は与えられた課題は一応言われた通りにやり、しかも淡々とやるだけであり、その一歩先のことについては自ら更に深く考え、調べてみようとしない。提出された課題から学びの意欲も学びの喜びも感じられない。そして結局、もっと動いてもらうようにもっと指示を出さなければならないという堂々巡りのようなことの繰り返しになってしまう。じれったい思いに駆られてばかりいる。

むろん、教える側としては学生のためにと思って余念なく講義を務めるつもりではあるが、一方それを受ける学ぶ側も協働する権利または義務があるように思われる。だが、その肝心な片方は十分に機能していないようだ。現に、反応の薄い授業は張り合いがなくて予定した内容以外にその場でのひらめきなどはなかなか生まれないのだ。しかし一方では、目を輝かせ首をかしげながら手を挙げたりするクラスでは、生き生きとした明るい空気が感じられ、そして何よりその反応にもっとうまく応えられるように、教える側も身を引き締めて臨まずにはいられない。

 

ちなみに、例の男子学生だが、新入生学外オリエンテーションの際に教わったメールの書き方を完璧に実践しており、ゼミで出された課題へのコメントをもきちんと活かせて回を追うごとに文章力がついてきた。応えがあったからこその成長なのだ。

 

中国語には「教学相長」という言葉があり、「教える」と「学ぶ」は相成長するという意味でよく知られている。その言葉通りに身をもって実感したのは、教壇に立ってからの20余年来、今の自分を創り上げたのは「学ぶ」側の一人ひとりに違いない。むろん、自分もその誰かの成長に役立ったのではないかと誇りに思っている。

 

ところで、今のあなたはいかがかしら?

もしも今の自分に満足できていないのなら、まず自ら意欲的に動いてみよう!その意欲の先にきっと応えてくれる何かが待っているのだろう。

(経済学部 韓)

 

 

〈経済学部通信〉K高校定期演奏会で思ったこと

今回は石原先生にご寄稿いただきました。


3月市内K高校の定期演奏会でOBの演奏を指揮させていただきました。演奏曲目はマーチ「若人の心」、「グレンミラーメドレー」、そして交響詩「フィンランディア」です。2月初めての練習時に演奏曲目を聞いて、「何か思惑があるのでしょうか?」と尋ねたところ「特にありません」とのこと・・・

 「フィンランディア」はフィンランドの作曲家シベリウスの作品で、作曲された1899年当時フィンランドはロシアの圧政に苦しめられており独立運動が起こっていたようで、この曲も作曲当初の曲名は「フィンランドは目覚める」だったそうです。ロシア政府がこの曲を演奏禁止処分にしたという有名な話も残っています。偶然この曲を選曲したのかな~?

 ロシアと欧州、他の楽曲でも、1831年ロシアがワルシャワに侵攻した時の怒りの感情をポーランドの作曲家ショパンは練習曲「革命」に込めたと言われています。

1968年チェコスロバキアがソ連(ロシア)率いるワルシャワ条約機構軍による軍事介入で制圧されたことを知ったチェコの作曲家(当時はアメリカ在住)フサは「プラハ1968年のための音楽」を作曲しました。

皆さんもよく知っている作曲家チャイコフスキーの大序曲「1812年」はナポレオン率いるフランス軍がロシアに侵攻するも退却。このロシアの歴史的勝利を題材にこの曲を作曲しました。曲の最後には本物の大砲まで登場します。

さて、K高校の定期演奏会ですが、さすが伝統ある高校のOBの皆さん2回しか練習できなかったのに見事な演奏で私の要求する音楽に答えてくれ素晴らしい演奏会になりました。

(経済学部 石原 憲)

〈経済学部通信〉文章を正しく解釈するということ

今回は池田先生にご寄稿いただきました。


5月末の休日に対面での国内学会に参加しました。2020年からしばらくオンライン開催でしたので,私が本学に赴任して以来になります。久々に大学院時代の先輩や後輩,学生時代に懇意にして頂いた先生方とお会いすることができ,嬉しさを感じるとともに,自身の立場の変化を改めて認識する機会にもなりました(通常であれば教員として就任した年の学会で,色々とお世話になった先生方に報告を兼ねたご挨拶をするものかと思います)。

社会経済史学会第92回全国大会@西南学院大学

今回参加した学会のなかで,ある報告をきっかけにひとつ気になったことがありますので,ブログを通じて皆さんと共有できればと思います。

 

ある学者の研究発表について,内容はさておき非常に細部にわたり分析がなされていました。歴史史料に記述されている言葉に対しては,それがどのような社会的立場の人が記した(発言した)ものなのか,どのような社会背景のもと,どのようなことを意図して書かれたものなのかなどなど,様々な点に注意を向けなければなりません。当時の社会や政治,経済,文化がいかなるものであったのかを理解してからその言葉の意味を捉えないと,誤読してしまいかねないからです。むしろこれらの作業を経て,ようやくその記述の意図するところがきちんと理解されるといえます。その報告はこれらの分析が素晴らしく,非常に説得的でした。さらに,そこから浮かび上がった社会経済問題は優れた数量分析の解釈に利用され,45分という時間があっという間と感じるくらい圧巻の報告でした。見習わなければ,と痛感した程です。

 

数日経って岡山に帰宅し,ふとした瞬間にSNSをひらくと,とある投稿が炎上していました。今となっては日常としてある風景なのかもしれません。ただ気になったのは,その投稿にあるコメントが酷かったことです。投稿者の意図とは全く違った形で解釈がなされ,それをもとにして罵詈雑言を浴びせていました。そのようなコメントを数件目にして,少し心が痛み,そっとスマホを横に置きました。

 

今となっては我々の日常によくあることで,ひょっとすると自分もそのような環境に慣れてしまっているのかもしれません。それでも,学会を経てから,相手の意図する言葉と違うように(勝手に)解釈しそれに礼節のない批判を展開するSNSに,嫌気がさしつつあります。

 

すべての投稿に対して,投稿者が何を言おうとしているのかを考えることは不可能ですし,そんなことをしようとする人もいないでしょう。それでも,少なくとも自分が(肯定的であれ否定的であれ)リプライをする場合には,必要に応じて投稿者の意図するものを汲み取る(汲み取ろうとする)姿勢を持つべきですし,顔見知りでもない人へのリプライであればその姿勢をも見せる必要があると思います。それこそが相手の発話に応じるときに示すべき最低限の敬意だろうというのが,私自身の考えです。

 

これまでの大学教育においても,そのような作業を行う訓練は初年次から行われてきました。文章の要約や指定図書の輪読などは,専門性を涵養する作業であると同時に,文脈をきちんと理解する作業にもなります。しかしながら,決してそれが活かされていない現実社会が広く存在するのも事実です。数量的ではない,いわゆる定性的分析への教育が十分にできていないのかもしれません。

 

知らない人にも簡単に,しかも匿名で言葉を投げかけられてしまう世の中です。「SNSの使い方」に留まらず,多様にある意見がどのような文脈で出てきたものなのか,発言・投稿された言葉の意図はどこにあるのだろうか,ということに対して意識的に考えることの重要性を,改めて認識すべきなのでしょう。

 

そのために教育現場として何ができるだろうか。専門的な教育に加え,いま世の中に必要とされているモラルや多様な考えとの付き合い方をどのようにして学生に伝えることができるのか。

 

果たして,自分自身はそのような社会とうまく付き合えているのだろうか。

 

学会へは研究者として参加することが普通ですが,今回は教員として大きな課題を投げかけられた学会となったようです。

 

大学生のメッセージというよりは,教育に携わる私への自戒としてブログに取り上げさせて頂きました。幸いなことに,このブログは大学関係者だけではなく様々な方々からもご覧いただいているようです。ご意見などございましたら,ご自由にコメントを残して下さいますと幸いです。

(経済学部 池田)