法学部の学生からのレポートです。
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先日、刑法の講義時間に岡山県警察・県民応接課から戸田警部補がおいでになり、岡山県における「被害者支援」についてお話してくださいました。
(※耳が聞こえにくい学生がいるため、口の動きがわかるようフェイスシールド着用で距離をとってお話していただいています)

犯罪被害に遭うというのはどんなことなのか。その際、周囲の人の支えがいかに大切なのか。犯罪被害者の抱える様々な課題として、2次的被害についてなど、貴重なお話を聞かせていただきました。
ご講演の中で特に印象的だったのは、「犯罪被害に遭うことは特別なことだけれど、被害に遭った当事者は何も特別ではない」という言葉です。
この世に犯罪が存在する限り、いつ、誰が被害に遭うかわかりません。私が明日、顔も遭わせたことがない人に殺害される可能性も、この文章を読んでいるあなたが、コンビニに出かけたときに交通事故に遭う可能性だってあるのだと思いました。被害に遭った当事者も、被害に遭うまでは我々と同じように平凡な日常生活を送っていたはずです。
もうひとつ印象的だったお話は、悪気があるわけではない、むしろ慰めるつもりでかけた言葉でも、被害者を苦しめることがあるということです。もし、家族や身近な人が被害に遭ったとしたら、興味本位で根掘り葉掘り聞いたり、被害に遭ったことについて責めたりすること無く、それまでと同じように誠意を持って接していきたいと思いました。さらに、そのような感じ方をしてくれる人が増えたらいいなと思います。そのためには、被害に遭った人達の気持ちを多くの人が知る必要があると感じました。また、私達は、いろいろな人の立場に立って考える多角的な視点、広い視野を持たなければならないと思いました。

他にも大学生等による社会参加活動(犯罪被害者支援活動)の推進というお話のなかで、私達商大のサークルも参加している「あした彩」という団体の名前もご紹介いただきました。事件には、いつどこで誰が遭うかわかりません。全世代が自分事として考えなければならない問題だと思いますが、私達大学生など若い世代が被害や被害者について考えていることは、これからの未来の日本にとって良いことだと思います。

(本学の犯罪被害者支援サークル「つぼみ」もちょこっとだけ発表しました)
様々な思いで生きている人がいることを忘れないようにしたいと思いました。
(法学部三年:日野)














この日は神事のみ執り行われるため、巫女役2名、使いの者役2名の4名が参加。
神事の始まりも語呂に合わせて6時26分。その後、7時26分からは露天風呂「砂湯」の清掃。
8時26分、源泉が湧き出る湯本近くにある手湯から、巫女が湯を汲む「お湯取りの儀」。
無言のうちに、露天風呂までお湯を運びます。
9時26分、「融合の儀」。湯原温泉郷にある10の源泉を露天風呂で融合する、この神事のメインイベント。