今回は宮島先生にご寄稿いただきました。
高校で教師をしている時に、海外に生徒を引率して旅する機会が多くありました。オーストラリアやニュージーランド、シンガポールやカナダ、グアムなど貴重な経験をしました。特に印象に残ったのは岡山東商業高校に勤務している時に、JENESYS2.0というプログラムでラオス人民民主共和国に高校生19人と国費で派遣されたことです。ラオスは発展途上国で、首都のビエンチャンでも郊外は未舗装の道路でびっくりしたのを思い出します。日本では想像できないことがいっぱいあって生徒は戸惑うばかりでした。マーケットで売っていた昆虫を現地ガイドが生徒に試食させたときの生徒の表情は忘れられません。私はコオロギと虫の幼虫を食べさせられ、あの何とも言えない食感はすごかったです。

ラオスのマーケットにて

ラオスの風景
高校に訪問した時、日本語の上手な女の子が近づいてきて、「私は日本人に生まれたかった!ラオスは何もかもおくれている。」と話しかけられたので、「どこで日本語を覚えたの。」と聞くと。タイで放送されている日本のアニメで勉強した。」というのです。本当に流暢な日本語でした。ガイドさんが言うには、ラオスは貧しいからお金がないと小学校でさえ行けない子がいるどうです。ラオスの高校生朝7時から夕方5時までは無免許でバイクや車を運転してもいいらしく、理由を問うと学校へ通う公共交通機関が未発達だからそうです。生徒たちはそんな話を聞いて、表情が徐々に変化し自分たちがいかに恵まれているかを考えるようになってきました。
日本のジャイカやNPOがラオスで様々な活動をしていました。ジャイカはODAでダムの建設や道路の整備を行っていました。ラオスで障碍を持って生まれると、家族は外に出さずに閉じ込めるそうです。それに対し日本のNPOがクッキーの工場を作って、障碍者に現金収入をもたらすようにシステムづくりをしていました。また、清潔でないために赤ちゃんの死亡率が高いらしく、若い日本人の看護師や衛生士がその改善を図るべく活動をしていました。
新型コロナは若者を海外で研修することを拒んできましたが、徐々に海外に行けるようになると思います。日本の大学生はもっと海外に行き、いろいろなことを体験してほしいと思います。異文化を知ることは日本の文化を認識しなおすことができるし、大きく自分を成長させることが出来ると思います。
(経済学部 宮島宏幸)

ビエンチャン王国最後の王・アヌウォン王の像