〈経済学部通信〉商大を起点に吉備路をサイクリング

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今回は3月に本学をご退職された有利先生にご寄稿いただきました。

(2022年6月9日、一部の文章と写真を改訂しました。)


岡山商大から少し離れると、自然も、古代からの文化も豊かであり、それらに触れることが可能である。商大の北側にある山が烏山、その右側が半田山。インターネットで探してみると、古代の山陽道はその間を通り、津高の津波井に出ていたらしい(別説もある)。その後、西坂が開拓され烏山の南麓を通ったとのこと。

商大の近くに住んでいたころ、散歩は、まず商大から笹が瀬川に出て、自動車の来ない堤防の上を西に向かい一宮高校まで歩き(ここまではサイクリングと同じ道)、その先を右折して楢津の集落内に出る。そこで見上げるとお城(久世建設)があるが、そこへ登る手前の十字路を右折して集落の中の道を商大の方に歩くと左手に若宮八幡宮がある。神社まで、横の車道を駆け上がると、最後は息が上がり、ちょうど手頃な運動になる。さらに、商大に向けて「首部(こうべ)」の集落の中を戻ってくると、 左手奥に白山神社があり、そこには「首塚」がある(写真1、木の葉の間に商大の建物も)。ただし、以前は横に立て札があり、次のように記されていた。

「首塚の伝承は
一 日本武尊が穴の海(過去の瀬戸内海)の悪神を征伐した首
二 木曽義仲が笹ケ瀬合戦で滅ぼした妹尾兼康の首
三 建武三年福山合戦での足利直義軍による大江田(オイダ)氏経軍の首
四 天正七年毛利宇喜多の戦いでの、辛川合戦の首
五 「備中国吉備津宮勧進帳」の文中の吉備津彦命が退治した鬼の首(温羅)
等諸説があり、村名もこれらの事にちなんで首部(こうべ)と成った。
一宮地域活性化推進委員会  」

このあたりが古代から戦場であったという歴史を感じることができたが、残念ながら、現在は撤去され、上記の説「五」だけになっている(温羅はこの地を豊かな米どころにしたということで「米神」)。まさか、掘り起こして鬼の首を確認できたわけでもないだろう。商大まで戻ると、所要時間30分位でちょうどよい散歩コースである。ゼミ生とも、年1回くらい訪れた。それにしても、このおどろおどろしい地名がよく残ってきたものである。

写真1 白山神社の首塚

次に、サイクリングコース。変速機付きの「軽快車」は、私の若いころは憧れであっても手にすることはできなかった。例えていえば、ママチャリを小型の乗用車とすると、レーシングカーに乗るに近い感覚であった。しかし、約10年余り前、憧れの24段サイクリング用自転車を購入した。さすがにドロップハンドルは無理なので、クロスハンドルにした。私の身長でも可能で、値段が手ごろかつ重量が9キログラム程度の軽い、1年落ちのジャイアント製(有名な台湾メーカー)があり、即購入した。

 

写真2 商大正門前

岡山には、整備された専用のサイクリングロードが何本かある(https://www.okayama-kanko.jp/hareiro-cycling/)。そのうち、運動公園から総社・国分寺に向かう道が商大の近くを通っている。4月初旬の晴れた日、14時20分に商大を出発。野球部の練習場の横を抜け、51号線の下をくぐって笹が瀬川の北側の堤防を進むと、約5分で「東楢津自転車歩道橋」に出る。ここで運動公園からの吉備路サイクリング道路に入る。あとは路上に描かれた青い矢印に従って行けば良いだけである。かなり前の出来事だが、土曜日昼にサイクリングに出かけたところ、この橋の手前の用水に男性高齢者がたった今落ちたと、犬の散歩中の女性から話しかけられた。用水は、幸い水量は少ないものの溝自体は結構深い。ちょうど一宮高校の部活帰りの諸君が大勢通りかかったので、引き上げを頼むとともに救急車に来てもらった。彼らはてきぱきと行動し、助け上げてくれた。おかげで、落ちた男性は病院に運ばれたが無事だったと聞いた。私は何をしたか?!。堤防の上で無能な指揮官よろしく口だけでただ眺めていた。また、後日、山陽新聞に匿名投書して高校生の活躍を記事にしてもらった(実はメールアドレスでバレてしまった)。

 

写真3 サイクリング道路へ 

写真4 吉備路自転車道全体

一宮高校の横を通って、国道180号を跨ぐ歩道橋を渡り、ゴルフ練習場のところで笹が瀬川と別れる。以前は、ゴルフクラブのドライバーだと正面のネットの上の方に当たったが、今はそもそもネットまで届くかどうかだろう。その先の、市の一宮浄化センターをだいたい14時40分ころに通過。小さい橋を渡って右折。ここでは、ヌートリアをよく見かけた。最初は、絶滅した日本カワウソがいるのか?と驚いたが違った。今もたくさんいるのだろう。用水に沿って5分くらい進むと左折の標識。堤防からの急な坂を下りるとすぐにJR吉備線の踏切。これを越えて吉備線に沿った道へ右折して入るとすぐに吉備津彦神社の鳥居。ここまでの所要時間は35分間程度。

 

写真5、6 吉備津彦神社

 

今回は、備前一宮駅前にある古民家カフェ「はこきび」によらず、神社を参拝し(神社の紹介は省略)5分程度で出発。田んぼの中の用水に沿って進み、いったん一般車道に出て鼻ぐり塚の前を通過し、吉備津神社へ。15時20分頃に到着。ここに来ると、必ず門前の食堂兼みやげ物屋の店頭で、夏は冷たい・冬は暖かい甘酒(ビン詰め)を飲む。今回は石段下の鳥居の前で参拝して出発。なお、吉備津神社が風格を見せる写真スポットは、広い駐車場にある犬養毅の銅像あたり。ただ、以前より木々が成長して建物が隠れかげんになってきた。吉備津神社出発が15時30分。

 

写真7、8 吉備津神社

 

自転車道に従ってゆくと、天皇休憩地で足守川に出る。実は、途中で矢印を見失い、少し遠回りしてしまった。、ここへの到着は15時45分。次いで鯉喰神社へ15時50分着。さらに、造山古墳を左手に見ながら進み、16時15分、国分寺へ到着。五重塔と周囲の景観は見事という他はない(国分寺の紹介は省略)。今回はここを終着点にした。片道20㎞程度、途中で寄り道をしたため商大を出発してから2時間弱だった。この道程の近傍には、数多くの古代の遺跡がある。前述の神社の他に、楯築遺跡(弥生後期)、鯉喰墳丘墓(温羅伝説:鵜の吉備津彦が鯉の温羅を捕捉)、造山古墳(県下最大、全国で4番目の大きさの前方後円墳)、こうもり塚古墳(県下最大の横穴式石室)、これらの周囲にある数多くの古墳群。

 

写真9 造山古墳

写真10 国分寺

岡山商大を起点に、さらに、足守川を遡って秀吉の水攻めで有名な備中高松城跡、健脚なら鬼ノ城方面、一方、足守川と笹が瀬川の合流地点からさらに南下して岡南飛行場方面へも行くことができる。延々とアパートや住宅が続く大都会地と違って、岡山は、商大の西側の笹が瀬川を渡れば田園風景であり、その中に多くの歴史遺跡がある。梅雨時と真夏日は控えた方が良いが、たまには、エアコンの車中だけでなく、外の空気を吸うのも良いだろう。自動車との接触や用水への転落に気をつけながら、少しばかりの遠出をお勧めしたい。

なお、すでに絶版になっていて残念だが、『自転車古墳散歩』(吉備人出版2012)という本がある。図書館で見ることができれば、参考にしてほしい。

(岡山商科大学名誉教授 有利隆一)

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