今回は萩原先生にご寄稿いただきました。
私は産業連関分析を専門にしています。産業連関分析は、いわゆる「経済効果」を計算する手法として知られています。今回は、産業連関分析の紹介を行い、その応用例として、テイラー・スウィフトの東京公演、ドジャースに移籍した大谷翔平の経済効果を取り上げます。経済効果とは何かについては、ここでは触れません。興味を持った学生さんは、私の授業を履修してみてください。
テイラー・スウィフトの東京公演の経済効果
アメリカの歌手のテイラー・スウィフトが2024年2月に来日し、東京ドームで4日間講演を行いました。その「経済効果」を全国で341億円とした推計を、江頭満正氏が経済効果.netというwebサイトで発表しました。この推計は、毎日新聞(2024年2月6日)や経済情報サイトのBloomberg(2024年2月7日)でも紹介されています
この推計について、どの程度妥当か考えてみましょう。

まず、最終需要の増加として、来場者消費として、チケット(54億円)、グッズ(34億円)、宿泊(10億円)、主催者側消費として、事業費(40億円)、その他も含めて合計162億円とこの推計では想定します。このような最終需要の増加によって、生産が拡大し、一次波及効果が265億円、さらに生産拡大が付加価値額の拡大をもたらし、消費の拡大をもたらすというケインズの乗数効果(二次波及効果)が76億円で、合わせて341億円の経済効果、188億円の付加価値額の増加があるとされています。
この推計は適切でしょうか?まず、「来場者消費」と「主催者側消費」を並列しているところに問題があります。事業費(40億円)などはチケット販売などの収入をもとにした支出なので、二重計算になっています。
次に、チケット販売(54億円)から事業費(40億円)を差し引いた14億円は利益となりますが、主催者とテイラー・スウィフトに分配されるでしょう。主催者はTaylor Swift TouringとAEGX (アメリカのAEG Presentsと日本のエイベックスの子会社) なので、利益の大半は海外の所得になります。国際収支の観点からは、サービスの輸入ということになります。国内への需要の波及はあまりないと考えられます。グッズ販売(34億円)についても、販売されるグッズは、アメリカから持ち込んだもの(輸入)だろうと考えられます。
チケット販売(54億円)のうち事業費(40億円)は二重計算、残り(14億円)のほとんどは海外への支払い、グッズ販売(34億円)も海外からの輸入なので、88億円が過剰です。国内に向けられる最終需要は、国内での旅行費、事業費などの74億円(162億円-88億円)となり、半分以下になります。したがって、341億円の経済効果、188億円の付加価値額の増加という推計は半分以下になります。
大谷翔平の経済効果
次に、最近発表された「宮本勝浩 関西大学名誉教授が推定 – 2024年ドジャースにおける大谷翔平選手の経済効果は約865億1,999万円」(関西大学のプレスリリース2024年5月21日)という経済効果の推計を取り上げてみましょう。「阪神優勝の経済効果は阪神の約70数名の選手全員で創り出したものであったが、大谷選手はたった一人でその額に匹敵する約865億1,999万円の経済効果を創り出すと想定される。」とコメントしています。
どのようにして推計したかについては、「推計方法および分析結果の無断転載・無断転用の防止のため、ウェブサイトには詳細資料を掲載しておりません。」「本発表は報道資料として発表しております。資料提供元との取り決め等により、報道機関以外の方への資料提供は行っておりません」とプレスリリースに記載されていて、私たちには詳細は分かりません。
この推計は、朝日新聞、山陽新聞などで報道されていますが、関西大学のプレスリリースとほぼ同じ内容になっています。この中で、日刊ゲンダイは「大谷経済効果は865億円! NHKが約1割「放映権料87億円」をMLBに支払い大貢献の仰天」(5/23)とする記事の中で、「莫大な金額の内訳を見ると、『ドジャースタジアムでの観客増加による消費増加額』(約22億円)、『スポンサー収入』(約101億円)などに加え、宮本氏は『放映権収入』として日本のNHKとMLBの契約に着目した。」として、NHKへの支払額が約87億円としています(これもNHKの海外からのサービス輸入であり、日本国内に対する波及効果は生じない。)。依然として、推計の詳細は明確ではありませんが、大谷の経済効果865億円を生み出した最終需要はアメリカで生じたものであり、アメリカにおける経済効果を述べていることになります。経済的影響の大きさという意味では、日本における経済効果(阪神の優勝)とアメリカにおける経済効果(大谷翔平の活躍)の大きさを比較しているのであって、どの国で起きたことかはどうでもいいのかもしれません。分析者本人にとっては自明のことかもしれませんが、どこの国における経済効果化を明記しなければ、日本の経済が大谷選手によって経済効果を受けると誤解されることになるでしょう。分析の内容は、公開するべきだったと思います。
終わりに
産業連関分析による経済効果の推計は、しばしば社会的、あるいは政治的な影響力を持ちます。その公表には責任が伴います。一度発表された数字は独り歩きします。
マスコミは、発表された経済効果をそのまま報道しています。報道を受ける私たちは、報道の背後にある理屈を自分の力で考えてみることも大事です。
(経済学部 萩原泰治)