〈経済学部通信〉「学ぶことの意義」について考えよう

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今回は今年度より着任された中條和光先生にご寄稿いただきました。
中條先生は,教育心理学を専門とし,本学では教職課程の担当として「教育心理学」や「生徒・進路指導の理論と方法」などの講義を担当されています。


 新型コロナウイルス感染症も落ち着きを見せ,大学のキャンパスに平常が戻ってきました。

 教室で学生と対面し講義をする。学生の質問に答える。こんな当たり前が改めて新鮮に思え,実はたいへん貴重なものであったことを再確認しています。背筋を伸ばし,真剣な眼差しで講義を受けてくれる学生に接し,講義で取り上げているテーマではありますが,学習意欲について少し書いてみたいと思いました。

図1 勉強の意欲(藤沢市教育文化センター,2022,p.11より作成)

注)「もっと,たくさん勉強したいと思いますか?どれか一つに◯をつけてください。」という問いへ回答の割合

 

 図1は,神奈川県藤沢市が行っている「学習意識調査」から抜き出したものです。藤沢市の調査は,昭和の高度経済成長期に始まり56年間に渡ってほぼ5年おきに行われてきました。調査では,中学3年生を対象に,同じ質問項目を用いて学習意欲などの学びの意識の経年変化が調べられました。調査の行われた56年の間に,子どもたちの学習意欲はどのように変化してきたのでしょうか。

 図から明らかなように,調査開始の1965年以降,「もっと勉強したい」と答える生徒の割合は減少を続けてきました。しかし,2010年を境に増加に転じています。2022年の藤沢市の報告書では,増加の要因としてコロナ禍の影響を指摘しています。コロナ禍で,学校に通えなくなったこと,社会的距離の確保を求められ,マスク着用やグループ活動が制限された「学校の勉強」を経験したことなどが,生徒たち自身に勉強について改めてその意味を考える機会となったと考察されています。また,2017年に告示された新学習指導要領によって,学校現場で「主体的・対話的で深い学び」,いわゆるアクティブ・ラーニングの視点による授業改善の取り組みが進められていることも生徒の「勉強したい」という思いを高めている要因として挙げられています。

 しかし,2015年の調査で「もっと勉強したい」という回答が増加したことについては,どのように考えればよいのでしょうか。実は, 2008年に告示された学習指導要領の改訂の際に,学力の3つの要素の1つとして学習意欲が示され,子どもたちの学習意欲を高めることが学校現場に求められていたことがその理由の1つと考えられます。その際,意欲の指導のために,体験的な学習やキャリア教育などを通じ,学ぶ意義を認識させることが必要と示されました。高校受験を控えた中学3年生を対象とする藤沢市の調査では,このことが功を奏して,2015年の調査で「もっと勉強したい」という回答の割合が増加した可能性があります。

 現行の2017年告示の学習指導要領では,さらに踏み込んで,子どもたちの「主体的・対話的で深い学び」を実現するために,「生徒が,学ぶことと自己の将来とのつながりを見通しながら,社会的・職業的自立に向けて必要な基盤となる資質・能力を身に付けていくことができるよう」,キャリア教育の充実を図ることが明記されています。授業において学ぶことと自分の社会的・職業的自立との関係を理解することを通して学びの意義を理解させ,学びに取り組む姿勢を育てることに力を注ぐことが求められているのです。このことが,生徒の学習意欲の向上につながった理由の1つと考えられます。

 さて,ここまでは藤沢市の調査報告を拠り所に学習意欲について見てきましたが,高校受験を前にした中学3年生を対象とする調査において,学ぶことの意義を理解させることが意欲の増加につながるという知見は,大学教育に対してもたいへん重要な示唆を与えていると思われます。

 大学では,学問の先端や深みに触れることができます。それらを通して学問それ自体の魅力に気づき,意欲的に講義に参加し目を輝かせて学ぶ学生の姿は,教育や学究に勤しむ教員にとっても励みとなります。しかし,社会人への移行を控えた大学生にとって,社会に目を向けること,アルバイトやボランティア活動,旅行などの体験を通して実社会に触れること,インターンシップや大学が提供するキャリア教育などにより「学ぶことの意義」について考えてみることは,自らの学習意欲を高めるうえでたいへん重要なことだと思います。「学ぶことと自己の将来とのつながりを見通しながら,社会的・職業的自立に向けて必要な基盤となる資質・能力を身に付けていく」という学習指導要領の文言は,決して小中高等学校段階にとどまるものではなく,むしろ大学生にこそ必要な学びの態度ではないでしょうか。

 私の関わる教職課程でも,教員免許の取得を目指して学生が日々研鑽に励んでいます。現在の小中高等学校の教育においては,変化の激しい現代社会において,児童生徒の生きる力を育むことが教育目標に掲げられています。教員の仕事は,社会の構成員の育成であり,まさにエッセンシャルワーカーです。私も,学生の皆さんとともに,教職課程を学ぶ意義やこれからの社会における教員のあり方を考えていきたいと思います。

(経済学部 中條)

引用文献

藤沢市教育文化センター 2022 第12回「学習意識調査」報告書 ―藤沢市立中学校3年生・56 年間の比較研究―

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